2026年 頭をもたげる浅倉樹良
2026年02月13日

オートレース界に新風をもたらした浅倉樹良はもともと、高い素質を持ち合わせており、養成所でも最優秀の表彰を受けた。そのまま、オートレースの特性を難なくクリアして
デビュー13連勝など歴史に名を刻んだヤングレーサーだ。
勝ち上がり権利を得ると、あれよあれよと2連続優勝。順風満帆の船出と思えたが、ハンデが後ろ(重く)になるにつれスタートで置かれるレースが多くなり2級車と1級車の差(100CC)の壁が立ちはだかる。そのあせりもあってか、インを使って相手を飛ばし反則を取られるシーンも。追うのに必死で周回を間違えた(周回誤認)ことも1度ある。リズムが狂うと優勝はおろか、勝利すら遠のいてしまい、気がつけば同期の福岡鷹に優勝回数、勝利数ともに大きく水を開けられた。2025年は優勝ゼロに終わり、ふがいないシーズンとなってしまった。
2年の2級車乗りを終えて、2026年からは待望の1級車へ乗り換わる。いきなり地元のG1『シルクカップ』に出場。2日目に1級車初勝利を挙げたが、優勝戦には乗れなかった。
次の開催では準決に落車してしまった(落車妨害)が、3日間のうち2勝と内容は悪くなかった。その後に舞台を山陽へ移してのデイレース3日間開催で初日、2日目とも2着ながら優勝戦へ進んだ。同期の田中崇太、丹下昂紀が0mに並び、浅倉は10m後ろからのスタート。田中崇が丹下を差して逃げるが、浅倉はマーク追走から車をインに叩き込む。20線からは丹村飛竜や伊藤信夫と名だたる選手が追うも浅倉には及ばず、嬉しい1級車初優勝となった。
再び、伊勢崎の地に帰った2月1日~3日のデイレース。初日1着、準決は2着ながら優勝戦へ。この節から浅倉は最重ハンの仲間入りをしている。20m大外から早川、伊藤正真、新井恵匠、新井日和そして浅倉が最イン。0ハンには湯浅浩、稲原良太郎、10mに森村亮という布陣。発走後に前で稲原良が湯浅と接触し落車。しかし、スタートで浅倉は森村を叩いており一気に先頭へ立つ。こうなると彼のポテンシャルは全開となり後続をグングン離す。まさに圧勝の一言は上がり3.362秒と自己最速時計での連続優勝であった。
昨年、あれだけ苦しんでいたのがウソのように今年早くも2度の優勝。面白いもので成績の上昇とともにスタートの切れが増してきているのだ。
現在、川口ナイトレースに出場している浅倉は3連続優勝を狙ってのシリーズ。初日は雨走路で追い上げられず4着止まり。2日目の準決勝戦Bへ進んだが、残念ながら圏内へ入れず、3連続優勝の夢は断たれてしまった。
今年は浅倉のみならず、後輩38期も徐々に力を付け始めている。2月18日からはSG全日本選抜(浜松)が始まる。新たな歴史の1ページが開かれるのか、今からワクワク。
(文/中村)
2025年表彰選手
2026年02月06日
2025年オートレース表彰選手が決定した。
最も名誉ある最優秀選手賞は青山周平。今回で自身5度目の受賞となった。2025年はSG全日本選抜オートレース、SGスーパースター王座決定戦で2つのSGタイトルを獲得。G1は、特別G1プレミアムカップ、シルクカップ(伊勢崎)、ダイヤモンドレース(飯塚)で優勝。年間を通して高い1着率を誇り、大敗することがほとんどなかった。安定感の面で言えば全選手の中でもトップ。また、年間獲得賞金も1億を超え、文句なしのMVP(最優秀選手賞)受賞となった。さらに青山周平は、SG全日本選抜オートレースで完全優勝を達成したことにより『特別賞』も受賞している。
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優秀選手賞は3人が受賞した。まずは鈴木圭一郎。2025年はSGオートレースグランプリで優勝。G1は、令和グランドチャンピオンカップ(山陽)、ゴールデンレース(浜松)、開設記念レース(飯塚)のタイトルを獲得し、G2も山陽王座チャレンジカップ(山陽)で優勝している。2025年は、その年の初優勝までやや時間がかかったり、時折り追い込めないレースが目立つ時もあったが、それはファンからの期待が強すぎる表れでもある。年間を通して見れば十分な成績を残しているし、ファンを魅了する走りを披露し続けている。さらに鈴木圭一郎は、全SGレース優勝のグランドスラムを達成し『特別賞』も受賞している。
次に黒川京介。2025年中にSGでの優勝こそなかったが、G1は、特別G1プレミアムカップとG1キューポラ杯(川口)を制し、G2はミッドナイトチャンピオンカップ(山陽)を3月と6月で連覇。さらに川口記念(川口)、ウィナーズカップ(浜松)、浜松記念曳馬野賞(浜松)で優勝し、多くの記念タイトルを獲得した。初優勝の期待がかかったスーパースター王座決定戦では残念な結果になったが、年間勝利記録を更新(120)し『特別賞』をも受賞した。
最後に佐藤励。佐藤励の2025年は大きな飛躍の年になった。SGオールスター・オートレースでSG初戴冠を決めると、11月のSG日本選手権も制し、一気にSG2冠となった。G1もムーンライトチャンピオンカップ(伊勢崎)を制し、優秀選手賞を受賞するに十分な活躍を見せた。さらにSGオールスター・オートレースでは完全優勝を決めたので『特別賞』の受賞にもなった。
デビュー期の選手に与えられる最優秀新人選手賞には竹尾竜星が選出された。新人38期の中でトップとなる2度の優勝を誇っている。成績も夏場あたりから上向き、上位着が多くなっていた。スピード面は目を見張る成長を見せている。
優秀新人選手賞には植村愛悠斗が選ばれた。養成所優秀賞を受賞していた植村は、デビュー戦こそ2着だったが、デビュー節の最終日に初勝利を挙げ、前評判の期待に応えてみせた。そして12月に待望の初優勝を遂げた。
特別賞(平尾昌晃賞)には福岡鷹が選ばれた。選出理由として、セア統一後2級車初のSG日本選手権オートレース出場が挙げられた。0メートルオープン戦での2級車の出走は話題を呼んだ。
通算勝利記録選手賞には有吉辰也、若井友和、青山周平が選ばれた。3者とも通算1着回数1000回を達成しての受賞となった。
文/高橋
挫折から栄光めざせ! 黒川京介
2026年01月30日

「あーっ!!」という悲鳴がレース場内に響く。白い勝負服を着た黒川京介選手のタイヤが空回りして白いスモークが上がった。
2025年12月31日の川口オート12R。スーパースター王座決定戦で断然の1番人気に推された黒川京介選手。トライアル4戦を(1)(1)(1)(1)着とパーフェクトな成績。連日のトップスタートから後続を寄せ付けぬ独走で、No.1の青山周平選手でさえ、エンジン的に差をつけられている雰囲気で「黒川一色の大会」になるムードだった。
そして、迎えた大一番。本番のスタートで空回りから遅れてしまい、懸命に追い上げるも3着が一杯。トップスタートを切ったNo.1青山周平選手が逃げ切り、大会最多となる6度目のスーパースター王座決定戦制覇となった。
黒川選手には色々な記録がかかっていた。もしスーパースターを勝てば、高橋貢選手の持つ年間最多優勝18回に並び、2025年賞金王、2025年最優秀選手賞(MVP)が決まるところだった。
しかし...スタートの空回りですべてが煙と消えた。
そして、一心に浴びたファンの期待を裏切ってしまった。
自分のロッカーに引き上げてきた黒川選手は顔面蒼白で茫然自失。記者のインタビューにも「力が入ってしまった。まだまだですね...」と答えるのが精一杯だった。
ファンも記者もみんなが分かっていた。「空回りさえしなければ黒川が勝つ」と。しかし、一番大事な本番で空回り。2年連続でミスしてしまった。
普段から黒川選手を取材している私としては、本当にスーパースターを取って欲しいと心の中で思っていた。ただ、トライアルが完璧だっただけに、逆にどんどん不安になっていた。
順調すぎる...と。野球に例えるならば、自分のチームのピッチャーがノーヒットノーランを続けていて、本人よりも周りの方が気を使って声をかけづらくなる、のような空気感だったような気がする。
2025年のスーパースターが終わった2日後、年明け2026年1月2日の正月開催に出場が決まっていた黒川選手は、気持ちを入れ直して出走し、見事に完全優勝した。
優勝の表彰式では「前回の最終日が申し訳なさ過ぎて今節お客様に合わせる顔がない。ちょっと今節来たくなかったんですけど...でも、2日目が中止になって、お見送りをした時に、いつも車券を買ってますとか、今年は頑張れよ、とたくさん声をかけていただいて、凄く前向きにレースをすることができました。本当にありがとうございます」と心境を吐露していました。
そして始まった2026年の目標として「勝ちたいという気持ちが強くなればなるほど、結果が出なかったので、人間的に気持ちを入れるというより、いつも通りで行こう」「メンタル的な部分が強くなれればと思います」と前を向いた。
現在No.1の青山周平選手やダブルグランドスラマーとして君臨した永井大介選手も、究極に追い込まれたメンタルに、本当に強くなる直前は事故を多発していた時期があった。ビッグレースでそれを乗り越えて優勝した時、唯一無二の強さを身につけていった。
黒川京介選手はスピード、スタート力ともにトップの技術はもう十分に持ち合わせている。あとは大舞台で失敗しないメンタルのみ。数年後には「黒川もミスしていた時期があったな」と、思い出話としてされる日がくる。2年連続空回りの敗戦から立ち直り、全国No.1に輝く日がすぐそこまできているハズだ。

文/金子
2025年12月を振り返る
2026年01月23日
12月で一番最初に行われた優勝戦は、新走路になって初めての開催となる浜松オートだった。ここでは地元のエース・鈴木圭一郎がしっかりと調整を合わせて優勝した。気温は18度、走路温度は21度と、そこまで冷え込んでいなかったが、タイムが出やすい新走路で試走26をマークした。レースは若手の栗原佳祐が速攻を決め、その後、鈴木宏和が交わして先頭に立ったが、鈴木圭一郎が見事なレース運びで勝利を勝ち取った。新走路への対応力の高さを見せつけた。
3日に行われた山陽ミッドナイトの優勝戦は特に注目が集まった。ミッドナイト開催では参加選手数が少なく、更に言えば地元選手のあっせんが多いものだが、この優勝戦には佐藤励と黒川京介が乗っていた。結果は佐藤励に軍配が上がった。黒川京介は佐藤励の内枠だっただけに、なにがなんでも勝ちたかったところだろう。そして、その後の川口ナイトレースの優勝戦では再びこの両者が激突した。この戦いでも内枠に置かれた黒川京介は、速攻を決めて先頭に立つと追い込んできた佐藤励に大差をつけて優勝。見事に雪辱を果たすことができた。
7日に行われた飯塚ミッドナイトの優勝戦は36期の浜野翼が優勝した。2級車時代は優出すらなかった浜野翼だが、2025年1月から1級車に乗り換わると、その優勝で3度目の栄冠となった。これまでにも1級車に乗り換わってから見違える成長を見せる選手は多くいたが、浜野翼もその一人と言える。
10日に行われた山陽昼間開催では38期の植村愛悠斗が初優勝を決めた。初めて優出した8月の川口では7着と苦戦したが、地元での開催で優出した植村愛悠斗は0ハン単騎からペースを保って逃げ、最終コーナーで迫ってきた小栗勝太の差しをこらえて最高の結果を残せた。植村愛悠斗は養成所時代、優秀賞を獲得し、その将来を嘱望されていたが、デビューして一年以内に期待に応えてみせた。走りのセンスだけではなく、強靭なハートを持っているようなので今後も楽しみな一人。
その同期の竹尾竜星は大みそ日の飯塚ミッドナイトで優勝。これは自身2度目となる優勝で、昨年末までの時点で言えば38期の中で最も多い優勝回数。デビュー後は重走路での勝利はあったものの、良走路ではなかなか結果が出せないでいたが、約半年後の7月に良走路で初勝利を挙げると、8月以降は急成長を見せていた。もう1年、2級車での戦いになるが今年も快速ぶりを発揮してくれるだろう。
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↑高橋義弘選手
12月に行われた記念レースは伊勢崎G2レジェンドカップと浜松G1スピード王決定戦、それに年末のスーパースター王座決定戦だ。レジェンドカップでは高橋義弘がG2開催で初優勝し、記念タイトル獲得数を5に伸ばした。スピード王決定戦では鐘ヶ江将平が記念レース初制覇となった。スーパースター王座決定戦は青山周平が同大会6度目の優勝で幕を閉じた。まだまだ青山時代は続いていきそうだ。
文/高橋
第39期生卒業式
2026年01月16日
2026年1月8日に茨城県にあるオートレース選手養成所で第39期生の卒業式が行われました。式ではJKA会長の挨拶や、オートレース養成所第39期生代表の答辞などが実施されました。晴れて選手となった13名は、各レース場に散らばり、早ければ1月14日の浜松開催からデビューとなります。
最優秀賞を受賞したのは飯塚所属となる小林右京選手で「最優秀賞に選んでいただき大変光栄に思います。ここまで諦めずに走り続け、成長することができたのは、日々共に生活し、切磋琢磨し、高め合うことができた同期の存在があったからです。また、この環境を与えてくださった多くの方々のおかげでもあり、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。今後も養成所で学んだ経験を活かし、日々努力し、一走一走全力で頑張ります。39期の応援をよろしくお願いします」。と、大きくて力強い声で答辞を述べました。
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最優秀賞の小林選手にお話をうかがいました。「(デビュー戦を控えて)まだ卒業したばかりで、選手としてこれから頑張っていくというところですが、デビュー戦は自信があります。(選手を目指した理由)大学まで自転車競技をやっていて、卒業後はサラリーマンになったのですが、なにか物足りなさを感じていました。それで、オートレースを見に行ったら衝撃を受けて...。音の迫力がすごかったし格好いいなって思いました。(最優秀賞について)養成所に入る以上は、そこを目指して頑張りました。タイムとかだけじゃなくて、素行とかいろいろな面を含めて判断していただいたのだと思います。(どんな選手になりたいか)いろんな方から応援される選手になりたいです」
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↑左が落合春翔選手、右が小林右京選手
優秀賞の落合春翔(はると)選手にもお話をうかがいました。「(デビュー戦を控えて)緊張はしていますが、自分の夢見た舞台なので緊張半分、楽しみ半分です。デビュー戦に向けては自分のやってきたことを出し切るだけです。(選手を目指した理由)川口や伊勢崎でやっているポケバイ体験に参加したのですが、将来はあの大きなバンクで走りたいと思うようになりました。(どんな選手になりたいか)トップで戦える選手です。目標としているのは黒川京介選手や佐藤励選手です」
養成所ではまず、選手として必要な基礎体力や気力の養成を主体に訓練を行います。そして、団体生活に慣れていきながら規律維持の徹底、公営競技選手としての品性醸成のための精神鍛錬、走行技術向上の自己研鑽などを行います。その後は体力訓練や競争車の整備、エンジン始動の要領、乗車姿勢の基本などを学んでいきます。走行訓練では合計6695周回をこなし、その内、雨天走行訓練は590周回をこなしたそうです。また、全国的に消音マフラーを装着したレースが増えているので、消音マフラーを装着した走行訓練を例年以上の約1ヶ月間実施しています。こうした訓練をやり遂げ、晴れて選手となります。
39期は全部で13人。どのような走りを見せてくれるのか、そのデビュー戦は大注目です。
文/高橋


