車名の由来 13
2026年07月10日
選手が自らのエンジンに車名を付ける理由はさまざま。どのような思いを込めて車名を決めたのか聞いてきた。
廿樂歩...マギーJR。「マギーが、自分の父親の昔のあだなでマギー、マギーって言われていたみたいで、JRはジュニアのJRです。マギーの子どもなので。マギーってあだ名が付いたのは映画が由来してるみたいなんですけど、自分も詳しくは知らないんです」
九門結衣...ジョイナー。「(女子陸上短距離走の名選手)フローレンス・ジョイナーさんが由来です。車名を決められなくて迷っていた時に28期の方にお願いしたら、自分は元々、陸上をやっていて、短距離ではなかったんですけど、足が速いから『ジョイナー』でいいよって。自分はその方を知らないんですけど、みなさんに付けていただいて、オートレースの方も速くなるようにって」
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山崎進...ピークスパイダ。「由来は複雑なんです。元々、Xのヒデが好きなんですよ。曲で『ピンクスパイダー』ってのがあるんですけど、そのままじゃ面白くないなと思って、漫画で『弱虫ペダル』ってあって、それに出てくる人の先輩の異名が『ピークスパイダ』って言うんです。ヒデの『ピンクスパイダー』からの流れでなんとなく『ピークスパイダ』にしました」
原田富夫...パトリオット。「プロレスラーの名前です。昔、全日本プロレスに星条旗の覆面をかぶったレスラーがいたんですよ。アメリカ人で。自分は昔から星条旗のつなぎを着ていたから、パトリオットにしました。好きな選手とかではなかったんですけど、自分のつなぎに合っているなって思って。ミサイルの方じゃないんですよ(笑)。みんな、ミサイルって言うんですけどプロレスラーの方なんですよ。翻訳すると愛国者ですけど、愛国者といいながらアメリカ付けてます(笑)。つなぎは今、フランスの国旗の色になっちゃってるんですよ。星条旗の柄は作る方が面倒だから止めてくれって言われて(笑)。」
浜田樹来...チャウ2。「初代が『チャウチャウ』で、予備車で2番目ってことで『チャウ2』したんですけど、チャウ2っていうのは元々自分がポケバイをやっていて、その頃に所属していたチームの名前が『チャウチャウ』だったんですよ。そこで、すごくお世話になって、自分の原点になるところだったので、その名前を付けたいなって思って」
落合春翔...04オッチー。「オッチーっていうのは自分のあだなです。04は生まれた年です」
中村翔汰...パレハSY。「スペインの方で『パレハ』は相棒って意味合いがあって、SYは両親のイニシャルをもらいました」
安東久隆...ヒビキブルー。「元々は、もう1台のバイクの車名が『ヒビキ』だったんですけど、それはゆずのライブの時のツアー名なんですよ。そのツアーの中でさらに青と赤と緑の日があったんですけど、自分がたまたま行った時がヒビキの青の日で『ヒビキ青』じゃおかしいので、ヒビキブルーにしました。みんなには『お酒の銘柄か』ってみたいに言われるんですけどね(笑)。ゆずが好きで、Kアリーナのこけら落としも行ったんですよ。それの一番最初のライブがゆずで、たまたま当選して家族で行こうかって流れで」
文/高橋
急成長株につき要注目
2026年07月03日
デビューから15年が過ぎようとしている今、急成長を見せている選手がいる。飯塚の31期・森本優佑だ。
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デビュー戦は2着。しかし、5走目には初勝利を挙げた。そこからも決して悪くない成績を残し続け、2級車時代は重走路で特に好結果を出す印象があった。
1級車乗りになってからも徐々にスピードに磨きがかかり、ついには上位勢の仲間入りを果たした。そして、ここ数年は差しの鋭さが増していて、以前なら前を走る車を抜けないような状況でも、最近ではインから交わしていくシーンが多く見られるようになった。本人の中で何か変化があったのか尋ねてみた。
「いやあまあ、15年間積み上げてきたものが徐々にって感じで、特に変えたこともしてないです。毎年、いつも通りやっていて、変わったことはしていないです。まあ、周平(伊勢崎31期・青山周平選手)とかにアドバイスはよくもらいますけど、同期はみんな速いですし、でも、ちり積もっていうか自分で言うのもなんですけど、徐々に徐々に上がってきてるんで」。
何か強烈なきっかけがあって変化したわけではなさそうだが、ここ1、2年で急に走力上がったようにみえる。
「今年は特にいいですね。安定してます。エンジンがいいっていうのが第一前提で、エンジンが良くないとなかなか難しいので...」。
良好なエンジンの後押しもあるのだろうが、最近は特に攻めが鋭くなっている。
「ちょっと行きすぎる時もあるので、そこはしっかり様子を見ながら...。まだちょっと粗いので、そこ課題ですね。いいとこでもあるけど、その辺の塩梅をうまくしたいですね。今はそこですね。一杯では行ってなくて、引ける態勢も取りながらオーバースピードでバーンって行かないように走ってますけど、もうちょっとかなあって思います」。
明らかに攻めの強度が増したように思えるが、乗り方を変えたのだろうか。
「いやいや、それはずっと一緒ですよ。力を入れないように走っています。そこがたぶん、いいんじゃないかなって思います。バイクが行きたいところにって感じで、う~ん、難しいんですけど、バイクを操りすぎるとスピードダウンしちゃうんで。そこが自分はいいかなと思います。それが積み重なっているんだと思います。1級車に乗ってから思ってることをずっとやってるだけです。『これがっ!』っていうきっかけはないですけど、やっぱり成績がついてきているのが、ちょっとずつ自信につながっていってると思います」。
『継続は力なり』言葉では簡単に言えるが、いざ実践するとなるとなかなか難しい。しかし、そこに結果が伴ってくると最高の成長剤となるのだろう。近いうちに記念で優勝もあるんじゃないかと思う。
「そこですよね。優勝戦までいけることは年に1回くらいあるんですけど、記念だと厳しいのでやっぱりなかなか...。前回の優勝(6月9日・山陽オート一般開催)も久しぶりで、嬉しかったですし、やっぱり優勝っていいなあって思いながら。最近は練習ではちょこちょこいいスタートが切れてるんです。レースではなかなか出ないけど、前回はいいスタートが切れたし、少しずつムラをなくしていけるように頑張っています。スタート行ければレースに参加できると思うので、そこですよね。上との差があるのは、スタート力ですね。若手に必死についていってる感じなので、もう本当に。自分たちはもう中堅じゃないですか!?。歳的には若いですけど、期的にはもう中堅なので、若い子から吸収して、聞きながら、そこはプライドを持たずに」
スタートという課題に取り組みながら、16年目にしてまだまだ伸び代がありそうだ。
「まあ、自分も楽しみというか、まだやれるかなって感じで、ちょっとずつ目立たない感じで...。(いやいや、最近は目立ってますよ?)いやいやいや、まだまだ全然...。まあ、オートレースが好きだから、そこは絶対忘れちゃいけないポイントだと思うので。仕事ですけど、好きだからダメな時もやれますね。スタートと、もっと冷静に走れればって感じです」
31期といえば青山周平という絶対的存在がいる。しかし、森本優佑も存在感を増しつつある。足りない部分が埋めつくされ、更に全体的にパワーアップできた時、オートレース界の強豪の勢力図を変えてしまうかもしれない。
文/高橋
39期生 デビューその後
2026年06月26日
現在、最も若い期である39期生はデビューしてから約半年を経過しました。選手になってからどのような思いを持っているのか何名かに聞いてみました。
デビューしてからここまで振り返ってみてどうですか?
廿樂歩(伊勢崎所属)「そうですね、ブチはそこそこなんですけど、雨がけっこう苦手で...。スタートから雨はすごく空回ったりして、すごく乗りにくくて。まだつかめていないので勉強したいですね。元々、バイクが大好きでバイクの選手になりたいという思いがあったので、オートレーサーになれて良かったです」
廿樂選手は6月23日の川口で初優出。結果は4着でしたが、4周半は先頭を走り、能力が徐々に開花しています。
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↑廿樂歩選手
落合春翔(川口所属)「さっきの1着(6月18日)取れたのも、今年の2月以来なので、ホッとする気持ちもあるけど、最近は晴れでアタマが取れていないので...。晴れのコースが安定していないので、そこが課題です。スタートはあまり気になっていないです。(レーサーになってみて、それまでとの違いはありますか?)最近は家で昔乗っていたポケバイの動画を見ているんですけど、今は違うバイクを乗っているので、昔こんなんだったんだなって改めて実感しています。(当面の目標?)着を残せるようにしたいです。オートレースは楽しいです」
落合選手は6月20日の川口開催で、同期の中で優出一番乗り。結果は準優勝で、養成所優秀賞を受賞した前評判に違わぬ活躍を見せています。
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↑落合春翔選手
阿部優美(伊勢崎所属)「難しいなって思います。オートレースが。でも、楽しめていると思います。オートレーサになろうと思ったのは、中学3年生の時にたまたまオートレースを見にいって、『うわ~、これだ!』って思いました。迫力がありましたし、ビビッと来ました。それで、一目見てなろうって決めました。16才から受けて、4回目で合格しました。36期から受けたので、そこから37、38、39期でやっと受かりました。途中で心折れそうになりましたよ。何回も折れて、もう楽になりたいなとか思ったんですけど、オートレーサーになれないくらいなら生きていてもしょうがないってくらいになっていたので、それ以外には考えたくなくて、なら、頑張ろうと思って何回も受けて、トレーニングとかもすっごいやりました。合格通知が来た時は夢みたいでした。ずっと不合格通知だったので、やっと報われたなと思いました。養成所で初めてオートレースの競走車に乗った時は『なんだこれ!?』って思いました。全ての選手をすごい尊敬します。ファンの時は舐めていたわけじゃないんですけど、自分の想像をはるかに超える難しさだったので、すごいなって思いました。全くバイクは乗っていなかったですけど、その方が変なクセがないのでいいのかもしれないです。初めて走行練習をした時は幸せでした。6年以上、ファン側で見ていて、全場に行ったり、飛び回っていてオートレース漬けの毎日だったので、内側にいる今は不思議な感じです。早川選手(伊勢崎29期・早川清太郎)がすごく好きで応援していました。走りがもう、魅力的でしたね。(課題は?)課題しかなさすぎて、大変なんです。一番はもっと突っ込むことなんですけど、突っ込んで曲がって、すぐ滑らせちゃうので、滑らせないように走るのも心がけています。初勝利は、完全に周りの人のおかげなので...。車を良くしてもらって、うまく乗りこなせている感じはなかったんですけど、車が進んでいたので、私の実力じゃなくて、みなさんのおかげがあっての勝利だったので、まだまだダメです。納得はあまりしていないです。練習して、怪我なくいきたいです」
オートレーサーになるために何度も試験を受け、見事に念願を叶えました。芯の強さを感じさせてくれる選手になることでしょう。
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↑阿部優美選手
九門結衣(川口所属)「まず、社会人が初めてだったので、人として学ぶことが多かったなあって思います。オートレースもそうですけど、社会人の大変なところとか。バイトもやったことがなくて、高校も止めてきたので、本当に社会人が分からなくて...。学生生活とは全然違うので...。これが一番大変でした。ただ、師匠(川口28期・武藤博臣)を含めて周りの方が優しいのでありがたいです。やっと社会人に慣れてきて、徐々にタイムも上がってきているのかなって思います。心に余裕ができてきたのかなって。(課題は?)『2級車はコース取り』って言うので、ちゃんとしたコースを走って、ちゃんとレースができるようにしたいです。抜かれてばかりじゃレースにならないので、自分のコースをいけるようになれたらいいなって。武藤さんが2級車の時にむちゃくちゃ速かったので、その動画を見せてもらったりしています。その時の映像のDVDを見てるんですけど、まあ、そんなにうまくは走れないです(笑)。でも、その辺を意識して取り組みたいです」
学生からいきなりオートレースの世界へ。独特な業界での急激な環境の変化に本人も最初は戸惑ったようですが、少しずつ慣れてきたことにより走りの向上にもつながってきた様子です。
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↑九門結衣選手
4者4様ではありますが、これからの成長を見届けていきたいです。
文/高橋
2026年4月を振り返る
2026年06月19日
オートレース2026年度の第1節目を制したのは丹村飛竜。ハイペースで逃げた角翔太郎を最終6周回3コーナーで捕えた勝負強さと、SGタイトル2冠(当時)の佐藤励を地元代表として破った点において、価値ある1勝となった。
2026年度上期の全国ランキングにおいて3期連続・通算12度目のS1となった青山周平は、4月2日に開幕した伊勢崎デイレース3日制から新年度を始動した。この節は一般開催ながら、青山周と鈴木圭一郎の対戦が優勝戦で見られそうだと注目されて、じじつ両者とも予選~準決勝戦に連勝し、優勝戦で全勝対決が実現した。結果は、鈴木圭と鈴木宏の浜松32期強豪コンビを、地元の青山周が後ろから捌いて完勝。全国ナンバー1の面目躍如となった。
上旬には飯塚ナイター最終日とミッドナイト初日が接している連続開催が実施された。ナイターの方は4年半ぶり3度目の優勝を決めた稲川聖也と金子大輔が1着・2着に入り、今期の地元ランキングトップとして優勝請負人の立場であった篠原睦は3着に敗退。だが篠原は次のミッドナイトを4戦全勝の完全V。前節の無念を見事に晴らすと、勢いに乗って翌週17日の飯塚ミッドナイトも連続で制してみせた。
12日には山陽デイレースで『G1令和グランドチャンピオンカップ』優勝戦がおこなわれて、長田稚也がこの年3度目のG1制覇を果たした。このレースで特筆すべきは、これがデビュー18度目、グレード6度目の優出であった松尾彩が準優勝したことだ。実はまだ初優勝すらしていないのに、鈴木圭・鈴木宏・伊藤信といった超級レーサーを浴びせたのは、ゴールは2着であっても快挙と称えられて良いだろう。
13日の川口ナイトレースでは信沢綾乃が通算7度目の優出で初優勝。19日の浜松デイレースは森下輝が通算5度目のV。23日の山陽デイレースは丹下昂紀がおよそ2年ぶり2度目のV。この節との連続開催になった26日のミッドナイトは古谷匠が初優出で初優勝。若い期が続々と台頭するムーブが起きた。
4月24日~29日の飯塚ナイターでは『第45回オールスター』が開催された。濡れ走路のもと0mオープン戦でおこなわれた優勝戦は、スタート先行した青山周平を1周で捌いた佐藤励が、ゴール前の大逆転劇でSG初制覇した前年大会からの2連覇を達成した。
【当月の優勝選手】
3日 山 陽 丹村飛竜
4日 伊勢崎 青山周平
7日 川 口 永井大介
飯 塚 稲川聖也
10日 飯 塚 篠原睦
12日 山 陽 長田稚也
13日 川 口 信沢綾乃
15日 伊勢崎 早川清太郎
17日 飯 塚 篠原睦
19日 浜 松 森下輝
20日 川 口 中村雅人
23日 川 口 岩田裕臣
山 陽 丹下昂紀
26日 山 陽 古谷匠
27日 浜 松 岩科鮮太
29日 飯 塚 佐藤励
文/鈴木
新記録を塗り替え続ける男
2026年06月12日
ミスター新記録メーカーがまたまた快挙を達成した。
6月4日、浜松オート第12レースでの事だった。鈴木圭一郎が勝利し、史上35人目の通算1000勝を決めた。これはデビュー最速、更に最年少での達成となり、新たな記録として刻まれた。
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↑ 1級車に乗り換わった頃の鈴木圭一郎
これまでのデビュー最短記録は青山周平で、デビューしてから14年と83日だったが、鈴木圭一郎はデビュー後12年と335日で1000勝に到達しており、青山周平の記録をおよそ1年短縮した。
この記録に鈴木圭一郎は「今は2回乗り出走や斡旋日数が増えているのもあり、素直には喜べない部分はあります。自分より前に達成された方々のほうが、素晴らしい記録だと思っています」と謙遜していたが、1走1走大事に、全力で駆け抜けた結果でもあるので、十分誇れる記録だといえる。もちろん、それには本人の走りの素質や整備に取り組む真剣かつ、まじめな姿勢がなせる業だ。胸を張って大威張りしていいだろう。
ちなみに、これまでの1000勝の最年少記録は、田代祐一(元オートレーサー)。38歳と315日で達成していたが、鈴木圭一郎は31歳と186日で決めている。それまでの記録を約7歳も更新している。田代祐一といえば、伊勢崎を代表するスーパーレーサーだった。走りの特徴としては常に全力投球、全力突っ込みで、どんな状況のレースであっても勝利を目指して突き進むタイプ。ファンとしては車券が当たっても当たらなくても納得できてしまうレーススタイルであった。(つまり、頑張って走っている様子がひしひしと伝わるので、車券が外れても自分の気持ちを整理できてしまう。)特に、最終周回の3コーナーで前を走る車のインに向けたら必ず突っ込んでくれていた。
田代祐一と鈴木圭一郎がデビューしたのはほぼ同じ歳だが、その田代祐一の記録を大幅に更新した鈴木圭一郎はやはりグレートレーサーといえる。
現在、鈴木圭一郎はまだ31歳。これからのレーサー人生にはたっぷりの時間がある。1000勝達成は一つの通過点でしかないはずで「これで終わりではないので、今後も1走1走を妥協せずに1500勝や2000勝を目指したい。それを達成した時に、自分の中で素晴らしい記録だと思えるのかなと思います。これからも目の前の1走をしっかり走ります」と将来を見据えている。
現時点(2026年6月10日)での通算最多勝利記録は高橋貢で1724勝。鈴木圭一郎がこの記録に近づくまでにはまだまだレースを重ねなければならないが、31歳の鈴木圭一郎が今のポテンシャルを保ちつつ、大きな怪我などで戦線離脱をする状況がなければ、いずれは到達できる数字になるのではないだろうか。更には、前人未到の2000勝まで数字を伸ばしていくのではないだろうかと大きな期待を抱かずにはいられない。
文/高橋


