2026年3月を振り返る

2026年05月29日

 上旬8日は川口デイレースで『GI開設74周年記念グランプリ』の決勝戦がおこなわれて、高橋義弘が前年に続く2連覇、通算4度目の大会制覇。
 11日には青山周平が伊勢崎デイレース3日制に3連勝して完全V。前月のSG全日本選抜からの2節連続優勝と、前節2日目からの通算8連勝を決めた。翌12日には、青山周と同期の春本綾斗が優勝すると、次週の18日にも優勝して山陽ミッドナイト連続V。
 22日には、黒川京介が浜松で実施されたG1プレミアムカップを制覇。前年9月の山陽大会からの2連覇を達成した。


 その一方で、この月は久しぶりに美酒を味わうシーンがいくつもみられた。
 3日に浜松アーリーレースを制した鈴木宏和は、まさかのVゼロに終わった2025年を挟んで1年3か月ぶりのV。同日の山陽ナイターに優勝した岡部聡も1年2か月ぶり。15日飯塚ナイターの別府敬剛は2年2か月ぶり、22日飯塚ミッドナイトの越智尚寿はおよそ6年ぶり、先述した12日の春本綾斗は2018年の暮れ以来7年ぶりであった。
 26日山陽ミッドナイトの赤堀翼は2015年以来10年以上を経て、17日伊勢崎デイレースの山中充智に至っては2004年から実に22年ぶりという、それぞれ自身2度目の栄冠になった。


 13日には都内で2025年表彰式・ファン感謝祭が挙行されて、1月下旬に発表されていた各賞の表彰選手と、2025年ベストマッチ・オブ・ザ・イヤーを称えるセレモニーがひらかれた。
 年間MVPは青山周平が5度目の受賞。最優秀新人選手賞には38期の竹尾竜星が選出された。
 2025年を振り返ると数々の記録が打ち立てられた。黒川京介は鈴木圭一郎の記録を塗り替える年間120勝、鈴木圭一郎は史上7人目となるSGグランドスラム達成、そして有吉辰也・若井友和・青山周平の3名が通算1000勝に到達した。統一セアでは初となる、2級車でのSG日本選手権出場も大いに称えられる実績だ。
 そしてファンが選んだ2025年の最高のレースは、11月23日におこなわれた川口ナイトレース決勝戦であった。制したのは伊藤正真。同月8日に伊藤正司が病没してから初めて出場した開催を見事に優勝という形で飾ってみせた。選手は事情に関わらず出場レースで常に勝利をめざしているが、この一戦にはオートレースファンの心を揺さぶるドラマがあった。


伊藤正真 マッチオブザイヤー.jpg

《「大勢のファンの皆様に励ましていただいたので、その想いを背負って選手人生を全うしたい」と語った伊藤正真。3月13日、選手表彰式にて》

【当月の優勝選手】
3日 浜 松 鈴木宏和
   山 陽 岡部聡
   飯 塚 道智亮介

6日 山 陽 山本翔

8日 川 口 高橋義弘

9日 飯 塚 辻大樹

11日 伊勢崎 青山周平

12日 山 陽 春本綾斗

14日 浜 松 森下輝

15日 飯 塚 別府敬剛

17日 伊勢崎 山中充智

18日 山 陽 春本綾斗

22日 浜 松 黒川京介
    飯 塚 越智尚寿

25日 伊勢崎 山中充智

26日 山 陽 赤堀翼

28日 川 口 浜野淳

31日 浜 松 古城龍之介
    飯 塚 荒尾聡


 文/鈴木

 

車名の由来 12

2026年05月22日

 
 
 小林右京...アティピック。「英語で『型にはまらない』って意味があります。いろいろ自分というか、いろんな型にはまらず試行錯誤して、強くなっていけたらなって思いを込めて付けました」。デビュー後は試走落車などがあり、思うような結果を残せていませんが、養成所では39期の最優秀賞を獲得しており、高いポテンシャルを秘めているのは間違いないはず。4月7日のレースを最後に欠場が続いていますが、復帰した際には型破りの活躍に期待したいです。
 
 アティピック.JPG
 
 水本竜二...M・グレアー。「グレアーっていうのは昔からの友達が、新人の時に付けてくれた車名なんですよ。他に思いつかないんで、この名前のままそれから変えてないんです」。M・グレアー以外にもこれまでに『R・グレアー』、『グレアー709』、『グレアー09』、『グレアー12』、『S・グレアー』、『グレアーS』、『グレアー55』、『K・グレアー』、『グレアーK』など数々のグレアーシリーズの車名がありました。
 
 山口航太...スフィーダK。「スフィーダは、イタリア語だったと思うんですけど『挑戦』って意味があって、自分はバイクを原付すら乗ったことがなかったので、本当にゼロからのスタートなので...。初めて乗ったのがオートレースの競争車なので、どんな事にも挑戦していこうっていうのでスフィーダって付けて、Kは普通に自分の下の名前が航太(こうた)なので、そこからKを付けたって感じです。自分的にスフィーダって気に入っているので、この後も車名を付けるなら、これに何かを加えるって形にしたいですね」。オートレーサーになる前にバイクにすら乗ったことがない選手はまあまあいますが、まさにイチからの挑戦になります。今の山口選手は成長が著しいですし、今後の動向を見届けたい思いです。
 
 浦眞知子...キュウタロウ。「愛犬の名前です。亡くなっちゃったんですけど、思いと一緒に走ろうと」。心優しい女子レーサーです。
 
 清水雄平...ナッシュ。「数学者の名前をもらいました。経済学とか数学で有名な人なんですよ。『ナッシュ理論』とかあって、アメリカの人です。尊敬しているとかいうわけではないですけど、数学者ってすごいなって思ってます」。人名から車名を決める選手は少なくないです。
 
 斎藤努...プリティフライ。「オフスプリングっていうバンドの曲名です。高校野球とかのチャンステーマで、近江高校とか高松商業とかがチャンステーマで使っていたので、チャンステーマの意味で付けました」。常に勝負の世界に身を置いているオートレーサーは、チャンスどころを逃さない心持ちでレースに臨みます。
 
 渋沢憲司...グロリアス。「車名にそこまでこだわりはないんですが、グレイが好きなので、その曲名です。言葉の意味も調べたら、いい内容だったので付けました」。好きなアーティストや曲名を車名に付けるケースはよくあります。ご自身の好きなモノの言葉の響きはテンションが上がりますね。
 
文/高橋
 

 

オートレースとの出会い

2026年05月15日

 
 みなさんはオートレースとの出会いはどんな形だったでしょうか?
 
 小さい頃に親に連れられて、元々バイクが好きだったので、どんな競技なのか興味があってレースを見に行った、オート好きの友達に誘われて一緒にオートレース場に行ってみた。など、いろいろあると思うのですが、筆者の場合は友達に『面白い場所があるから行こうよ』と言われて行ったのがオートレースを知るきっかけになりました。更にその友達は『片平っていうすごい走りをする選手がいるんだよ』と言うので、バイクが好きだった私は興味を持って、楽しみにして当日を迎えました。おそらく1995年ぐらいだったと思います。
 
 そして、初めて見たオートレース、というより片平選手の凄まじい走りに大きな衝撃を受けました。前を走る選手と内線の狭いスペースにハイスピードで突っ込み、綺麗にコーナーを回っていく。その後の立ち上がりでは更にインに車を向け、次の選手を交わしていく。一見、コーナーの頂点で車が外へ流れてしまいそうな車速なのに、内線から外れることなくバイクをコントロールしていく。ただ単に車を追い抜いていくだけではなく、どこかアートすら感じさせるライディングに心を躍らせました。
 
 片平 1.JPG
 
 それからは片平選手が出場する開催に合わせて何度もレース場に足を運んだものです。当時から『セアの申し子』、『オート界のカリスマ』など数々の異名を持ち、走りに関しては『イン高速走法』、車券的には人気になりすぎて『片平オッズ』などオートレースにまつわる専門用語がたくさん生まれました。数々の伝説を残しましたが、その中でも1997年のスーパースター王座決定戦が一番印象に残っています。0線に7車、10線に単独で片平選手が置かれるハンデ構成ながら、スタート後はインからするすると番手を上げ、6周目に入る頃には先頭まで突き抜けてしまいます。まさに圧巻という走りでした。
 
 その後、私はオートレースへの興味を持ち続け、ついに業界に関わるようになりました。オートレースの記者として選手への取材を続け、内勤の時は業界の新聞を編集する仕事に就きました。そして、2015年の5月、オートレースのオフィシャルから会社へ一通のファックスが届きました。片平選手の逝去、という内容でした。その紙を目にした時は信じられない思いでした。数日前まで船橋オートでお話をしていたし、何より自分の人生にも大きな影響を与えてくれた人物です。当時の喪失感は言葉を絶するものでした。
 
 あれからもうすぐ11年の歳月が流れようとしています。そちらの世界ではどのようにお過ごしでしょうか。オートレース界ではその後もさまざまなタイプのスター選手が頭角を表していますが、片平さんほどの華麗な走りを見せる選手は稀なような気がします。叶わぬ願いとは分かっていますが、もう一度、片平さんの芸術的な走りに心を震わせたい思いです。
 
 片平 2.JPG
 
文/高橋

 

2026年2月を振り返る

2026年05月08日

 2026年2月の開催は伊勢崎デイレース(優勝は浅倉樹良)と飯塚ミッドナイト(優勝は桜木公和)で始まり、続いて前年10月ぶりに川口レース場で昼夜ダブルヘッダーが実施された。
 川口デイレースの方は、高橋義弘が前年12月ぶりの優勝。ここで膨らんだ蕾は翌月に大きく花開く。
 ナイトレースは36期の牧野竜人がデビュー4年目、通算6度目の優出で初Vを決めた。牧野竜はデイレースの方は優出できなかったが、ナイト優勝戦の数時間前に走ったデイ最終日の特別一般戦は1着。ナイトの準決勝戦・優勝戦と合わせて2日間で3連勝したことになる。
 
 牧野竜.JPG
 ↑牧野竜人選手
 
 牧野竜の初優勝から4日後、今度は38期の壷井亜羅汰が自身3度目の優出で初優勝した。当時はデビューして丸1年が過ぎたばかりで、乗車する相棒はまだ2級車。そしてこの飯塚ミッドナイト優勝戦は1月から1級車へ乗り換わった1期先輩の石橋啓士にレース中盤で追い付かれて執拗に追撃を受け続けるタフな展開となったが、からくも執念を実らせた。


 壷井初Vの翌日には山陽デイレース『G1スピード王決定戦』の優勝戦がおこなわれて、長田稚也がこの年2度目のG1制覇。飯塚『G2オーバルチャンピオンカップ』優勝戦で1着失格となった次の節に最高の結果を出してみせた。優勝選手コメントでは「チャンピオンになりたい」と宣言した。
 なお同優勝戦には37期の森下輝がG1開催での初優出にして3着と健闘した。石橋啓と同様、森下も1級車に乗り換わったばかりで、しかも今回は準決勝戦~優勝戦と最重ハンで走って活躍できたことは、能力の高さと順調な成長を証明・確信させるものだった。


 13日には2026年度前期(4月~9月の開催で適用)ランキングが発表されて、青山周平が3期連続・通算12度目のS1、全国ナンバーワンとなった。
 黒川京介は2期連続のS2で3期連続の川口トップにも輝いた。鈴木圭はトップ奪還ならず前期に続いてS3、佐藤励は初めて初めて全国トップ10入りした2025年度後期から更に躍進してS4。前年はSGタイトルを2つも獲得して、この4名をもって全国4強とする見方も生まれ始めた。
 長田稚也は2025年度後期のS-39から大きくジャンプアップしてS-8と初のS級シングルに。次期ランキングの成績審査機関にあたる2026年1月以降の大活躍を鑑みると、今後さらにランキングを上げてくる可能性が大いにありそうだ。


 17日の伊勢崎デイレース優勝戦は高橋絵莉子が藤本梨恵・田崎萌とのガールズ対決を制して自身2度目のV。
 20日の川口ナイトレースは小里健太が8年ぶりにV。1999年にデビューして2002年に川口レース場で初優勝。その後2026年3月までの通算6Vのうち3Vが川口でのもので、隠れた川口巧者といえるかもしれない。


 18日~23日には『SG第39回全日本選抜』が浜松デイレースとして開催された。
 6日制の初日予選から5日目の準決勝戦まで黒川京介と鈴木圭一郎が無敗の5連勝。枠番選択となった優勝戦はこの両名が1枠・2枠を選び取り、青山周平は2~5日目に4連勝したが初日の3着がたたり選択順が後になって3枠。しかしレースでは鈴木圭一郎を抑えて2番手に付けると、黒川京介の逃げペースが上がる前に2周で捕えて、その後の8周回を押し切り大会2連覇と通算3度目の制覇、そして高橋貢が記録を持つ史上最多21Vにあと1つと迫る20度目のSG優勝を決めた。
 長田稚也は自身5度目のSG優出で最高着順となる3着。暮れのスーパースター王座トライアル出場権獲得へ大きく近づいた。しかし今、真に狙うのはSG出場ではない。オートレースの頂点を極めることだ。
 
文/鈴木
 

 

賞金王にまつわる話

2026年05月01日

 
 
 2025年の賞金王は青山周平だった。2024年は2位だったが、約1億1397万円を獲得して見事トップに返り咲いた。
 
 この賞金王、近年は1億円を少し超える数字になることが多いが、過去はどれぐらいの獲得金額で賞金王になっていたのか。記録に残っている最初の賞金王は1963年の稲垣国光で約873万円。1963年というと今から63年も前の出来事。当然、今とは物価も違っているので、賞金王の金額も少ない。ただ、当時としては十分大きな価値があったものと思われる。
 
 そこから数年は百万円台の数字が並んでいるが、1970年についに一千万円台に到達する。その年は戸田茂司が賞金王になり、獲得金額は1190万円。ここからは一千万円を割ることはなかった。年を追うごとに賞金王となる金額は増加し、1993年に億を突破するようになった。その年の賞金王に輝いたのは島田信広。その年まで4年連続で賞金王として君臨していたが、1993年についに大台にたどり着いた。島田信広は結局、6度賞金王になっている。島田信広はオールマイティ型で、スタート、さばき、スピード、重走路と、どの方面でも死角がなく柔軟に対応できていた。その分、レースで取りこぼす機会が少なく、着実に賞金を積み重ねることができたのだろう。かつての強豪の中では珍しく重走路で苦戦が多かった片平巧は1994年と1995年に賞金王になっている。重走路では惨敗することも少なくなかった片平巧が賞金王になれたのは、逆に良走路では無類の強さを発揮できたからだろう。
 
 貢.JPG
 
 そして、賞金王としての過去最高額は約1億4812万円で、2004年に高橋貢が樹立している。この年の高橋貢は強烈で、SG全日本選抜、SG日本選手権、SGスーパースター王座決定戦の3つでSG優勝。G1はシルクカップ(伊勢崎)、春のスピード王(伊勢崎)。G2はスターライトチャンピオンカップ(伊勢崎)、関東地区選手権(川口)を2度優勝。一般開催を含めると、年間に15回もの優勝があった。この年に記録した年間獲得賞金は、未だに破られていない。
 
 ちなみに年間獲得賞金で歴代2位なのは2006年の田中茂で約1億2974万円。この年の田中茂は特に強かった。オートレースグランプリでSG初制覇を決めると、同じ年にSG日本選手権、SGスーパースター王座決定戦を制し、SG3冠となった。他にもG1オート祭(船橋)、G2若獅子杯争奪戦(山陽)を制すなど無双の活躍を見せていた。
 
 その後、2014年まで賞金王となる選手は毎年変わるくらいの印象があったが、2015年に青山周平が初めて賞金王になると、その後は鈴木圭一郎とのどちらかが賞金王になる2強時代に突入した。
 
 話は戻るが、2025年に前年の11位から大幅に順位を上げたのは佐藤励。約7869万円を獲得して4位にまで上り詰めた。2025年はSG日本選手権とSGオールスターの2つで優勝し、佐藤励にとって飛躍の年となった。その優勝賞金がプラスされ、2024年の倍近くの稼ぎになった。
 
 今はまだ4月なので気の早い話ではあるが、今年の賞金王には誰が輝くのか。
 
文/高橋
 
 

 

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