同期に追いつけ追い越せ 佐藤智也

2026年07月31日

 
 
 福岡鷹、森下輝、浅倉樹良などキラ星光る37期勢の中で、もがき苦しんでいる男がいる。佐藤智也だ。自身についての現状を聞いてみた。
 
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 「最近はリズムが全然良くないんです。なんか焦っちゃって。同期がみんな速いので、置いていかれたくないってなって...。でも、それが今ちょっと空回っている。逆にダメな方向に向いちゃってます」
 
 好成績を残せるようになってからハンデが重くなったりレース展開も大きく変わり、思うような走りができていない様子。更に、同期が各地で目立った活躍を見せていることが本人にとっても焦りをもたらす要因になっている。しかし、そんな佐藤智也も最初から順風満帆ではなかった。デビュー直後は
 
 「同期がみんな速いので追いつかないとなって思ってずっとやっていたんですけど、全然良くならないって感じでした。でも、2級の時に初めて優勝戦に乗った節があって、いきなり試走が33とか出たんですよ。そこからなんか、変わりましたね。あれが、けっこうデカかったです。その前の日とかは試走37だったのに2日目にいきなり33出て自信につながりました」
 
 ただし、そこからは紆余曲折。
 
 「2級車の2年目はハンデが軽くなったりしたんですけど、あれが一番屈辱でした。ハンデが軽くなる人が全然いなかったので...。全然、連に絡めなくてひどかったです...。そこからいろいろ整備するようになりました」
 
 2級車から1級車に乗り換わる数ヶ月前から1級車の練習をできるようになるが、そこでも変化があった。
 
 「1級車で練習を始めた最初は全然グリップを開けられなかった。何これって!パワーがありすぎて...。雨も全然乗れなかったし。2級車は雨で自信持っていけてたので...。1級車は厳しいなって。最初は2級車の方が乗りやすいと思いました。それでもスタートが切れるようになったし、奥まで突っ込めるようになったり、グリップ操作とか、車の抑え方とかがレースに生きてきたかなって思います。ただ、1級車の特性がまだ分からないです。どうしたらいいんだろうって毎回そんなで、すっきりとした答えが出たことがないです。」
 
 そんな佐藤智也も歓喜の時を迎える。2026年1月28日に地元・伊勢崎で初優勝を遂げた。
 
 「あれは最高でしたね。最高だったけど、まあ、30メートル前だったし...。でも、優勝は優勝ですし、普通に嬉しかったです。(ハンデ位置的にもエンジン状態的にも勝たないとっていうのはありましたか?)それはありました。周りからもめっちゃ言われましたよ。『お前の大会じゃん!』って言われて、あの時はめっちゃプレッシャーでした。試走タイムもまあまあ出てたし。でも、今がやばいです。同期に負けたくないって気持ちを持ってやらないとですね」
 
 常に同期の存在を意識し続け、今も暗中模索の佐藤智也だが「展開を作るのがヘタすぎるので、ちゃんと自分で展開を作ってレースを運べる人になりたいです。枠ナリに出ないと追うのに必死になってしまうので...」と、現時点での課題に取り組んでいる。
 
 そういった日々の積み重ねで着実に成長しているように見えるが
 
 「そう言ってもらえるんですけど、自分の中では『マジやばい!』ってしかないんです。なんなんですかね。マジで焦るんですよ。頑張らないと。ちょっと最近はつまらないですけど、今は我慢して、また何かをつかめるようにやりたいと思います」
 
 焦りは刺激。前向きにオートレースに取り組み続ける限り、上昇のきっかけは再びつかめるはず。同期の中の上位勢に追いつく姿を見守っていきたい。
 
文/高橋

 

2026年5月を振り返る

2026年07月24日

 4月29日に初日を迎えた2つの3日制開催が5月2日に最終日を迎えた。この両開催は4月24日~29日に実施されたSGオールスター(飯塚)に出場のかなわなかった選手たちによって争われたが、どちらも道中の展開に見応えがある決勝戦となった。
 山陽デイレースの方は道智亮介が通算5度目のV。6年ぶりの優勝に向けて0ハンから逃げた田方秀和をゴール寸前に交わし、勝利への執念が実った逆転の一撃だった。伊勢崎ナイターの方も0ハンから先行した桜井晴光が逃げる展開を栗原俊介が猛追撃してイン切り返し。前年5月2日の伊勢崎アフター5以来、ちょうど365日ぶりの優勝であった。


 5日の川口デイレース決勝戦は影山伸が2018年9月以来ほぼ8年ぶりのV。同日の飯塚ナイターはSG制覇2度・グレード優勝7度の久門徹をグレード無冠の田中正樹が捌くという、まさかの展開になった。


 6日~10日の浜松デイレースでは『開場記念GIゴールデンレース』が開催された。さきの『SGオールスター』で大会2連覇した佐藤励は当節は不在だったが、オールスター準優勝の永井大介と、今期の全国ランキング1位~3位である青山周平・黒川京介・鈴木圭一郎が出場。
 優勝したのは黒川。3月の『プレミアムカップ』に続く浜松G1連覇となった。青山周も決勝戦へ駒を進めたが、2月にここ浜松で実施された『SG全日本選抜』決勝戦で2着にくだした黒川の雪辱を許す結果となり準優勝。栗原佳祐は自身3度目のグレード優出で2度目の3着に入った。
 浜松では近年、消音マフラーを使用してのアーリーレースを開始して今やすっかり定着し、今年は6月から薄暮レースを開催することも発表された。区切りの70周年を迎えても浜松オートは無人の原野を開拓し、なおも進化を続けている。そして森下輝に西翔子、上述した栗原佳と、35期以降の新鋭が昨年から今年にかけてグレードレース決勝戦の確定掲示板に載り、若い芽も続々と育ってきている。


 11日の川口ナイトレースは、佐藤励が前月のSGオールスターから2節連続でのV。14日の山陽ミッドナイトも、藤岡一樹が5日のオーバーミッドナイトから地元2連続Vを果たした。17日の川口デイレースもまた黒川が浜松G1に続いて優勝。次の節も勝ち続けて、25日に自身2度目の10連勝を達成してみせた。
 黒川が地元で優勝した数時間後の伊勢崎ナイターでは、田中正樹のケースと同様、それ以上の番狂わせが生じた。最重ハンに青山周平・高橋貢・早川清太郎・長田稚也といったSGクラスの強豪が居並ぶ決勝戦において、G1タイトル保持者の吉原恭佑を無冠の中野光公が差し返して優勝。3連単の払い戻し額は55万円を超えて、配当的にも大波乱となった。


 26日におこなわれた東西2つの決勝戦は若手が上位を席巻した。
 川口デイレースは福岡鷹が川口では初めての優出で優勝。これが区切りの通算10Vであった。2着にはデビュー2年目・38期の宮司佳奈が単騎0ハンから逃げ粘った。この節の初日には『ガールズ王座決定戦トライアル川口予選』へ挑戦して、佐藤摩弥の追撃を見事に振り切った。宮司はその後も非凡な素質を示しており、将来の大成を今から予感させている。
 飯塚ミッドナイトは石橋啓士が通算2度目のV。石橋啓もまた活躍を続けて、デビューから今期までずっと全国ランキングB級のままであるにもかかわらず、7月には最重ハンまで登り詰めることとなる。


 近年は8月に『SGオートレースグランプリ』が開催されたあとの9月に実施されていた『G1ムーンライトチャンピオンカップ』が、今年は異例の5月へ日程が移動した。今大会の青山周平は、今年の初日~4日目の4戦に2勝はしたものの、2022年~2024に3連覇したときと比べると今ひとつ勢いに欠ける印象で、4日目の準決勝戦は鈴木宏和に突き放されての完敗だった。
 4度目のグレード優出だった栗原佳祐、初のグレード優出を果たした浅倉樹良も話題となる中で、大きな注目を集めたのは高橋貢であった。2日目の予選は3着の青山周平に大差をつけて圧勝。3日目は前を走っていた若手ホープの佐藤励や長田稚也を交わすと後続を引き離し、4日目の準決勝戦も浅倉樹良や佐藤励をくだして無敗の4連勝で優出を果たした。10mオープンに8名が並んだ決勝戦の展開は、平田雅崇・栗原佳祐に続く3番手発進した高橋貢が1周回3コーナーで両者をまとめて捌くと、ほぼ8周回トップを譲らずにゴール。G1は29度目、グレードはトータル78度目、通算221回目の優勝を完全Vで成し遂げた。通算勝利1724勝(当時)とともに不滅の金字塔をさらに高く延ばしてみせた。
 このレース、鈴木圭一郎は通算999勝で臨んだが、大台到達は翌月以降へ持ち越しとなった。

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《青山周平と鈴木圭一郎を破りムーンライトチャンピオンカップ6度目の優勝を飾った高橋貢》

 

【当月の優勝選手】
2日 山 陽 道智亮介
   伊勢崎 栗原俊介

5日 川 口 影山伸
   飯 塚 田中正樹
   山 陽 藤岡一樹

8日 飯 塚 久門徹

10日 浜 松 黒川京介

11日 川 口 佐藤励

13日 飯 塚 矢野正剛

14日 山 陽 藤岡一樹

17日 川 口 黒川京介
   伊勢崎 中野光公

20日 山 陽 金子大輔
   伊勢崎 青山周平

23日 浜 松 森下輝
   山 陽 稲原良太郎

26日 川 口 福岡鷹
    飯 塚 石橋啓士

29日 山 陽 田中崇太

31日 伊勢崎 高橋貢
   浜 松 鈴木健吾


 文/鈴木

 

レース場の宿舎では...

2026年07月17日

 
 
 オートレース開催日の一日。選手たちは朝起きると、その日のレースに向けての準備が始まる。そして、レース後には各々、翌日のレースに向けての整備などに取り組むが、それが終わるといよいよ仕事からは解き放たれる。開催中はオートレース場から外に出ることはできない。宿舎の感想や、また、どのような過ごし方をしているのか、ある川口開催時に何人かの選手に聞いてみた。
 
 山陽所属の某選手。「ボクは(川口の宿舎は)まあまあ好きですかね。2人部屋で人数が少ないっていうのもありますし、他の場と比べたら過ごしやすく過ごさせてもらっています。山陽は今、4人部屋です。4人と2人じゃ全然違いますね。仲間内で同部屋なので、そこまで気を使っていないつもりなんですけど、他人と生活するわけなので多少は気を使いますし。それに比べたら川口の方が2人部屋で少ないですし、寝る所も奥まっていて完全個室みたいになっているので、休める感じはしますね。山陽は同じ部屋に2段ベッドがドンドンってあるので、何ていうか、同じ部屋でホントに4人が生活するので、音も多少は気になりますし。それに比べたら川口の方が快適ですかね。川口はお風呂もいいですね。大浴場で大きいので、リラックスできる感じがあります。洗い場も多いので、人が混んでいてもちゃんと洗えるというか。山陽とか他の場だとちょっと少なかったりするので、人数が多い時だと待つというか、後でまた来ようかなとなるので。それと比べたら川口の方が整っているなって感じはしますね。お風呂が一番上にあって、窓からはスカイツリーが見えたりするので、そういうのが好きな人からしたら非日常が味わえるっていうのはありますね。そこでも癒されるというか休息できる感じはありますね」
 
 飯塚所属の某選手。「宿舎では、お風呂に毎日夜1時間と朝も30分から1時間くらい入ってます。お風呂が好きっていうか、体重のコントロールというか、一応、汗をかいています。(どこのレース場のお風呂が好きですか?)川口は好きですよ。川口は綺麗だし広いし。後は地元のは慣れもあるし、いいですけどね。この2つのお風呂は好きですね。サウナは全部の場にあります。夜はサウナにも入ってます。朝はお風呂で。(飯塚は何人部屋なんですか?)飯塚の宿舎は4人部屋です。浜松も4人部屋です。伊勢崎は1人部屋になったみたいですね。今度、伊勢崎に行くので楽しみです。川口も2人部屋だからまだいいですね。ただ、川口も洗面台とトイレが部屋の中にあるので、やっぱり夜にトイレに行きたいなって思っても、部屋の外の共用のところに行ってしまいます。音が気になっちゃうので。自分は他の人の音は気にならないんですけど、もしかしたら、自分の音が気になる人もいるかなって思ったら、少し気を使ったりします。(食堂はどうですか?)一応減量しているので夜はあまり食べないんですよ。お昼はしっかり食べます。地元が一番いいですけど、川口も好きな方ですね。レース場によってメニューも味も全然違うんですよ。飯塚の食堂はけっこう融通を利かせてもらえて、メニューにないものとかも作ってくれるんですよ。働いている方もすごく優しいですし。なんか、飯塚の食堂はすごく好きですね。長い開催になると飽きちゃったりもするんですけど『こういうのもできますか?』とか言うと対応してくれるんです。そういうのがいいですね。やっぱり、食べる物って決まってきちゃうじゃないですか」
 
 伊勢崎所属の某選手。「夕練終わってからもギリギリまで整備をしています。整備時間が9時までだったら9時くらいまでロッカーで仕事をしているので、そこから宿舎に行っても、伊勢崎だと1人部屋だからお風呂に入って寝るくらいですね。伊勢崎は1人部屋になったんですよ。ちょっとテレビを見ながら寝るって感じです。遠征の時だと部屋でみんなで雑談したりしますね。他のレース場だといろんな話ができるから、それはいいんですけどね。でもやっぱり、1人部屋はいいですよ。最高!。めっちゃ嬉しい。伊勢崎はお風呂も変わって、ビジネスホテルの大浴場みたいな感じですね。(お風呂が一番好きなレース場は?)川口かな。川口が一番広くていいですね。(ご飯はどこが好きですか?)今は山陽かな。手作り感があって、いいですね。他は業者がやってる感じで、栄養は取れるからいいけど...。でも、レース場によって違いがあるからいいかもしれないですね。どこに行ってもそれなりの過ごし方があるので」
 
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 選手によって過ごし方はさまざまだし、レース場によっても違いがあるようです。ちなみに、川口の宿舎内には卓球ができる場所があったり、瞑想ホールというのもあります。たまに利用している選手もいるようです。
 
文/高橋

 

車名の由来 13

2026年07月10日

 
 選手が自らのエンジンに車名を付ける理由はさまざま。どのような思いを込めて車名を決めたのか聞いてきた。
 
 廿樂歩...マギーJR。「マギーが、自分の父親の昔のあだなでマギー、マギーって言われていたみたいで、JRはジュニアのJRです。マギーの子どもなので。マギーってあだ名が付いたのは映画が由来してるみたいなんですけど、自分も詳しくは知らないんです」
 
 九門結衣...ジョイナー。「(女子陸上短距離走の名選手)フローレンス・ジョイナーさんが由来です。車名を決められなくて迷っていた時に28期の方にお願いしたら、自分は元々、陸上をやっていて、短距離ではなかったんですけど、足が速いから『ジョイナー』でいいよって。自分はその方を知らないんですけど、みなさんに付けていただいて、オートレースの方も速くなるようにって」
 
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 山崎進...ピークスパイダ。「由来は複雑なんです。元々、Xのヒデが好きなんですよ。曲で『ピンクスパイダー』ってのがあるんですけど、そのままじゃ面白くないなと思って、漫画で『弱虫ペダル』ってあって、それに出てくる人の先輩の異名が『ピークスパイダ』って言うんです。ヒデの『ピンクスパイダー』からの流れでなんとなく『ピークスパイダ』にしました」

 原田富夫...パトリオット。「プロレスラーの名前です。昔、全日本プロレスに星条旗の覆面をかぶったレスラーがいたんですよ。アメリカ人で。自分は昔から星条旗のつなぎを着ていたから、パトリオットにしました。好きな選手とかではなかったんですけど、自分のつなぎに合っているなって思って。ミサイルの方じゃないんですよ(笑)。みんな、ミサイルって言うんですけどプロレスラーの方なんですよ。翻訳すると愛国者ですけど、愛国者といいながらアメリカ付けてます(笑)。つなぎは今、フランスの国旗の色になっちゃってるんですよ。星条旗の柄は作る方が面倒だから止めてくれって言われて(笑)。」
 
 浜田樹来...チャウ2。「初代が『チャウチャウ』で、予備車で2番目ってことで『チャウ2』したんですけど、チャウ2っていうのは元々自分がポケバイをやっていて、その頃に所属していたチームの名前が『チャウチャウ』だったんですよ。そこで、すごくお世話になって、自分の原点になるところだったので、その名前を付けたいなって思って」
 
 落合春翔...04オッチー。「オッチーっていうのは自分のあだなです。04は生まれた年です」
 
 中村翔汰...パレハSY。「スペインの方で『パレハ』は相棒って意味合いがあって、SYは両親のイニシャルをもらいました」
 
 安東久隆...ヒビキブルー。「元々は、もう1台のバイクの車名が『ヒビキ』だったんですけど、それはゆずのライブの時のツアー名なんですよ。そのツアーの中でさらに青と赤と緑の日があったんですけど、自分がたまたま行った時がヒビキの青の日で『ヒビキ青』じゃおかしいので、ヒビキブルーにしました。みんなには『お酒の銘柄か』ってみたいに言われるんですけどね(笑)。ゆずが好きで、Kアリーナのこけら落としも行ったんですよ。それの一番最初のライブがゆずで、たまたま当選して家族で行こうかって流れで」
 
文/高橋

 

急成長株につき要注目

2026年07月03日

 
 デビューから15年が過ぎようとしている今、急成長を見せている選手がいる。飯塚の31期・森本優佑だ。
 
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 デビュー戦は2着。しかし、5走目には初勝利を挙げた。そこからも決して悪くない成績を残し続け、2級車時代は重走路で特に好結果を出す印象があった。
 
 1級車乗りになってからも徐々にスピードに磨きがかかり、ついには上位勢の仲間入りを果たした。そして、ここ数年は差しの鋭さが増していて、以前なら前を走る車を抜けないような状況でも、最近ではインから交わしていくシーンが多く見られるようになった。本人の中で何か変化があったのか尋ねてみた。
 
 「いやあまあ、15年間積み上げてきたものが徐々にって感じで、特に変えたこともしてないです。毎年、いつも通りやっていて、変わったことはしていないです。まあ、周平(伊勢崎31期・青山周平選手)とかにアドバイスはよくもらいますけど、同期はみんな速いですし、でも、ちり積もっていうか自分で言うのもなんですけど、徐々に徐々に上がってきてるんで」。
 
 何か強烈なきっかけがあって変化したわけではなさそうだが、ここ1、2年で急に走力上がったようにみえる。
 
 「今年は特にいいですね。安定してます。エンジンがいいっていうのが第一前提で、エンジンが良くないとなかなか難しいので...」。
 
 良好なエンジンの後押しもあるのだろうが、最近は特に攻めが鋭くなっている。
 
 「ちょっと行きすぎる時もあるので、そこはしっかり様子を見ながら...。まだちょっと粗いので、そこ課題ですね。いいとこでもあるけど、その辺の塩梅をうまくしたいですね。今はそこですね。一杯では行ってなくて、引ける態勢も取りながらオーバースピードでバーンって行かないように走ってますけど、もうちょっとかなあって思います」。
 
 明らかに攻めの強度が増したように思えるが、乗り方を変えたのだろうか。
 
「いやいや、それはずっと一緒ですよ。力を入れないように走っています。そこがたぶん、いいんじゃないかなって思います。バイクが行きたいところにって感じで、う~ん、難しいんですけど、バイクを操りすぎるとスピードダウンしちゃうんで。そこが自分はいいかなと思います。それが積み重なっているんだと思います。1級車に乗ってから思ってることをずっとやってるだけです。『これがっ!』っていうきっかけはないですけど、やっぱり成績がついてきているのが、ちょっとずつ自信につながっていってると思います」。
 
 『継続は力なり』言葉では簡単に言えるが、いざ実践するとなるとなかなか難しい。しかし、そこに結果が伴ってくると最高の成長剤となるのだろう。近いうちに記念で優勝もあるんじゃないかと思う。

 「そこですよね。優勝戦までいけることは年に1回くらいあるんですけど、記念だと厳しいのでやっぱりなかなか...。前回の優勝(6月9日・山陽オート一般開催)も久しぶりで、嬉しかったですし、やっぱり優勝っていいなあって思いながら。最近は練習ではちょこちょこいいスタートが切れてるんです。レースではなかなか出ないけど、前回はいいスタートが切れたし、少しずつムラをなくしていけるように頑張っています。スタート行ければレースに参加できると思うので、そこですよね。上との差があるのは、スタート力ですね。若手に必死についていってる感じなので、もう本当に。自分たちはもう中堅じゃないですか!?。歳的には若いですけど、期的にはもう中堅なので、若い子から吸収して、聞きながら、そこはプライドを持たずに」
 
 スタートという課題に取り組みながら、16年目にしてまだまだ伸び代がありそうだ。
 
 「まあ、自分も楽しみというか、まだやれるかなって感じで、ちょっとずつ目立たない感じで...。(いやいや、最近は目立ってますよ?)いやいやいや、まだまだ全然...。まあ、オートレースが好きだから、そこは絶対忘れちゃいけないポイントだと思うので。仕事ですけど、好きだからダメな時もやれますね。スタートと、もっと冷静に走れればって感じです」
 
 31期といえば青山周平という絶対的存在がいる。しかし、森本優佑も存在感を増しつつある。足りない部分が埋めつくされ、更に全体的にパワーアップできた時、オートレース界の強豪の勢力図を変えてしまうかもしれない。
 
文/高橋


 

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