【私的名馬録】切磋琢磨して鍛えた強さ「テンショウボス」
2024年06月12日
07年みちのく大賞典から快進撃のテンショウボス
日本競馬界の歴史に名を刻んだ名馬・競馬ファンの記憶に残る名馬の活躍を競馬ライターたちが振り返る私的名馬録。
今回のテーマは─
同世代のライバル。
私はBNW(ビワハヤヒデ、ナリタタイシン、ウイニングチケット)の三強世代に競馬を覚えたこともあり、同じ世代の強豪同士がしのぎを削り合う姿を想像するとちょっと胸が躍る。
岩手の同世代のライバル......というとファンの方それぞれに思い入れある馬がいるのだろうが、自分は2006年の"三強"を挙げてみたい。
オウシュウクラウン、サイレントエクセル、テンショウボス。
06年の岩手ダービーダイヤモンドカップで1着から3着を占めたこの3頭のそれぞれの戦いぶりは、今でも自分の心の中に"同じ世代に強いライバルがいる重要性"を投げかけてくれるように思う。
2歳から3歳にかけては、もしかしたら"2強+1"だったかもしれない。
オウシュウクラウンはジャパンダートダービーGIで3着に、サイレントエクセルはダービーグランプリGIで3着に食い込んで見せた。
テンショウボスはしかし、まだそこまでの実績がなかった。
3頭が揃って出走した06年桐花賞の単勝オッズが当時の評価を端的に示している。
ライバル2頭が単勝ひと桁台の1、2番人気に支持された一方でテンショウボスは離れた6番人気。
そしてレースを制したのはオウシュウクラウン。
テンショウボスは僅差に健闘したものの4着。
当時としては、そう、"2強+1"の立ち位置だったと言うべきなのだろう。
だが4歳になってスポットライトが当たり始めたのはテンショウボスだった。
オウシュウクラウンは古馬になって伸び悩み、結果的にその桐花賞がキャリア最後の勝利となった。
サイレントエクセルは牝馬戦線で活躍し続けたが、4歳9月の青藍賞で勝って以降テンショウボスに先着できなくなった。
テンショウボスは、07年の一條記念みちのく大賞典を勝つと、マーキュリーカップJpnIII・4着、クラスターカップJpnIII・3着に入着。
冬には北上川大賞典、桐花賞も制した。
同一シーズンにこの3つの根幹競走を制した馬はトウケイニセイ以来でありその後は登場していない......といえばどれほどの快挙か分かっていただけるだろうか。
07年のシーズンを終えて世代トップの座に就いていたのはテンショウボスだった。
当時同馬を担当していた田嶋厩務員が「馬が180度変わった」と評したのは3歳秋のこと。
馬自身の素質の開花だけでなく、全国レベルの戦いを見せたライバル2頭をベンチマークに切磋琢磨できたこともテンショウボスのその後の活躍につながったに違いない。
しのぎを削り合う仲間がいてこそ自分も強くなる。
"「強敵」と書いて「とも」と読む!"みたいなノリまでは言いすぎかもしれないが、しかし1頭より2頭、2頭より3頭。
互いに競い合い、互いに高めあえるライバルがいる事が、やはり理想なのだと思う。
文/横川 典視
OddsParkClub vol.67より転載
各地の3歳注目馬〜金沢・岩手・高知編
2024年06月05日
石川優駿は中央からの転入馬が台頭
6月9日に金沢競馬場で行われるのが石川優駿。昨年までの石川ダービーは1着賞金700万円だったが、今年から1000万円に増額。昨年まで全国的にシリーズ化されていた『ダービーシリーズ』で1着賞金が1000万円に満たなかったのは石川ダービーだけで、残念ながらシリーズではなくなったものの、石川優駿も賞金的に他場の"ダービー"に追いついた。
石川優駿トライアルでもあり、一冠目の北日本新聞杯を制したのが牝馬のリケアマロン。1番人気に支持されたリメンバーアポロが向正面で競走中止になったとはいえ、3コーナーから一騎打ちとなったダブルアタックを直線突き放して5馬身差をつけた。中央未勝利で出走した3月19日の条件交流で2着に入り、そのまま金沢に移籍。これで2連勝とした。
ナミダノキスも中央未勝利から転入して3連勝。初戦の1400メートル戦で2着に9馬身差、2戦目の1500メートル戦では2着に2秒の大差、そして5月12日の石川優駿トライアル特別(1900メートル)では、抜群の手応えのまま3コーナーで先頭に立つと、直線突き放して2着ロックシティボーイに3馬身差。最後は流すような感じだったので着差以上に強い勝ち方だった。本番は2000メートルだが、1900メートルを経験したことはアドバンテージになりそう。
気になるのは、2歳時にデビューから3連勝でネクストスター金沢を制した牝馬のダヴァンティ。その後半年の休養があって、復帰戦となった3月10日の3歳A1特別(1500メートル)ではダブルアタックに3馬身差をつけての快勝で4連勝としたが、名古屋に遠征したネクストスター中日本では差のある4着。続いて出走した古馬B1特別(1400メートル)は1番人気に支持されるも最下位だった。佐藤茂調教師によると「(古馬で)相手も強かったし、2番手に控えたらレースをやめてしまった」とのこと。母の父ワークフォースという血統から距離延長にあらためて期待しているようだ。
そのほか、北日本新聞杯では2着だったものの3着馬には6馬身差をつけたダブルアタック、3歳牝馬重賞・ノトキリシマ賞を制したハリウッドスマイルなども上位を狙えそう。
王者不在で混戦の東北優駿
岩手のこの世代にはフジユージーンという絶対的な存在が現れた。2歳時の南部駒賞では北海道の重賞勝ち馬を蹴散らし、3歳初戦となったスプリングカップ(水沢1600メートル)は2着に2.4秒の大差をつける圧勝。さらに距離延長のダイヤモンドカップ(盛岡1800メートル)ではスタートから先頭に立つと、直線では軽く気合をつけられただけで2着オオイチョウ(北海道)に4馬身差をつけ危なげなく逃げ切った。デビューから無傷の7連勝で、重賞も5連勝中。3歳の早い時期から、京浜盃JpnIIから羽田盃JpnIという新たなダート三冠への挑戦もプランとして挙げられたものの、万全を期して地元戦を使われた。そして東京ダービーJpnIの指定競走となっていたダイヤモンドカップを勝ったことで、東京ダービーJpnIへの出走も意欲を見せたが、残念がら脚部不安で回避となった。東北優駿にも出走せず、今年からJpnIIとなった不来方賞(9月3日)に向けて調整されていくようだ。
そのダイヤモンドカップは2〜5着が他地区からの遠征馬だっただけに、フジユージーン不在となれば、6月16日の東北優駿は混戦必至。
中1週で出走してくるかどうかだが、ミヤギヴァリアントが出走してくれば期待となりそう。ここまで5戦4勝で、唯一の敗戦は2歳7月にフジユージーンの2着。10月の若駒賞はミヤギシリウスに1.8秒の大差をつけて圧勝。その後長期休養となって3歳初戦となった6月2日の3歳B1戦(水沢1600メートル)を勝利。その勝ちタイム1分42秒1(稍重)は、フジユージーンのスプリングカップの勝ちタイム1分41秒7(良)より0秒4遅いだけということではある程度期待できそうだ。
同日に行われた水沢1400メートルの重賞・ウイナーカップを制したのが牝馬のミヤギシリウスで、3月のあやめ賞に続いて重賞2勝目とした。最大目標はひまわり賞(8月11日)とのことで、果たしてウイナーカップから中1週で東北優駿に出てくるかどうか。
5月19日のイーハトーブマイル(盛岡1600メートル)を制したレッドオパール、同2着でウイナーカップでも前述ミヤギシリウスの2着だったコンバットスプーンなど、牝馬の活躍が目立っている。
高知優駿は二冠を狙うプリフロオールイン
同じく6月16日に行われる高知優駿は、早くからここを目標としてきたプリフロオールインが断然の注目となる。800メートルの2歳新馬戦こそ2着に敗れたものの、その後は7連勝。前走、5月5日の黒潮皐月賞(1400メートル)は、抜群のスタートダッシュでレースを主導すると、直線後続を突き放し、2着サノノスピードに6馬身差をつけての圧勝だった。1600メートルまでしか経験がないため、初の1900メートルでどんなレースを見せるか。
出走してくればプリフロオールインの最大の強敵となりそうなのがシンメデージー。重賞初挑戦となった土佐春花賞(1300メートル)をデビューから5連勝で制し、園田に遠征した西日本クラシック(園田1870メートル)も勝って6戦全勝。東京ダービーJpnI出走から中10日という間隔で、しかもプリフロオールインと同じ打越勇児厩舎ということでは、果たして。
黒潮皐月賞で完敗の2着だったサノノスピードだが、その前走、1600メートルの仙台屋桜特別ではプリフロオールインに3/4馬身差で食い下がっており、デビューした中央では芝2000メートルの経験もあるだけに、距離延びて再び迫る場面があるかどうか。
1800メートルの準重賞・山桃特別を勝って目下4連勝というマジックセブンはここにきての充実ぶりがうかがえる。
2月の土佐水木特別(1600メートル)でプリフロオールインに1馬身差と迫ったワンウォリアーは西日本クラシック4着から臨む。
他地区からも、南関東で重賞上位実績があるアムクラージュ、ライゾマティクス、名古屋・笠松で重賞3勝を挙げ、現在は兵庫所属のミトノユニヴァースなどが出走予定馬となっている。地元のプリフロオールインに対してどんなレースを見せるか。
文/斎藤修
各地の3歳注目馬〜佐賀・名古屋編
2024年05月22日
各地で3歳戦が盛り上がる"ダービー"の季節。ただ、地方競馬の"ダービー"は今年、大きな様変わりとなった。
地方競馬では2010年に始まった『ダービーウイーク』から『ダービーシリーズ』へ、全国の"ダービー"を連携して盛り上がってきた。しかしこの度の"ダート競馬の体系整備"の中核として南関東の三冠が今年からすべて中央と交流のJpnI格付の"ダート三冠"となったことで、ダービーシリーズは昨年まででその役割を終えた。
それでもこの10年ほどで地方競馬は売上をV字的に回復したことで全国的に賞金が上昇。各地の"ダービー"に相当するレースは今年すべて1着賞金が1000万円を超え(ばんえいを除く)、シリーズではなくなったとはいえ注目のレースであることに変わりない。
ただダート競馬の体系整備によって、地方競馬の"ダービー"は東京ダービーが唯一であるとして、今年から東京ダービー以外は"ダービー"を名乗ることができなくなり、いくつかの主催者では今年からレース名が変更されている。
栄城賞で二冠なるかウルトラノホシ
今年も全国のトップを切って"ダービー"に相当するレースが行われるのは佐賀。例年どおり、5月最終日曜日の26日に行われる。
かつて九州には佐賀競馬場のほかに、大分県の中津競馬場、熊本県の荒尾競馬場があり、『九州競馬』として連携した2001年から『九州ダービー栄城賞』として行われてきたが、前述のとおり"ダービー"の名称が使えなくなったため、2000年以前の『栄城賞』というレース名に戻った。
ちなみに"栄城"とは佐賀城の別称で、かつて佐賀藩(鍋島藩)が"栄の国"と呼ばれていたことに由来する。
今回の栄城賞で、まず注目となるのは、一冠目の佐賀皐月賞を制したウルトラノホシだ。2歳時はネクストスター佐賀、カペラ賞と重賞連勝のあと、全日本2歳優駿JpnI(川崎)に出走。地方馬では北海道のサントノーレ(3着)に次ぐ6着と好走した。そして3歳となり、佐賀から新たなダート三冠へ挑むべく、再び南関東に遠征。ブルーバードカップJpnIII(船橋)では地方馬最先着の4着、勝ち馬から0秒2差という健闘の走りを見せた。そして一冠目の羽田盃JpnIへの出走権を得るべく雲取賞JpnIII(大井)へも遠征。中団から位置取りを上げ、5番手で直線を向いた。前にいる地方馬は北海道のサントノーレだけ。地方馬は上位2頭に羽田盃JpnIへの優先出走権となるため、そのままゴールすれば羽田盃の切符をつかむところだった。しかしゴール寸前、船橋のフロインフォッサルにクビ差交わされ(6着)、惜しくも優先出走権は得られなかった。それでも羽田盃JpnIはフルゲートにならなかったため、「出る」と言えば出られたと思われる。しかし陣営は地元三冠に舵を切った。そして出走した佐賀皐月賞は、スタートいまいちで中団からの追走となったが、4コーナー手前で抜群の手応えのまま一気に先頭に立つと、直線では後続を寄せ付けずの完勝。栄城賞にも断然人気での出走となりそうだ。
対するのは、佐賀皐月賞で2番人気ながら4着だったトゥールリー。2歳時は九州ジュニアチャンピオンを制し、ネクストスター佐賀、カペラ賞では、それぞれウルトラノホシの3着、2着だったが、その後6連勝。ウルトラノホシが留守になった佐賀で台頭した。園田に遠征したネクストスター西日本は高知勢が上位3着まで独占となっての6着。佐賀皐月賞は前述のとおり4着だが、2番手から3コーナー過ぎでウルトラノホシより一瞬早く先頭に立つという、勝ちに行っての結果だけに、その着順だけで見限るのは早計だ。
飛燕賞でトゥールリーの2着、佐賀皐月賞で3着と安定して上位争いをしているのがトレベルオールで、さらなる距離延長をこなせるかどうかがカギとなりそう。
佐賀皐月賞では10番人気ながら2着と健闘したデッドフレイもここまで4着以内を一度も外していない堅実な成績だけに、再度の好走も期待できそうだ。
東海優駿は混戦か
名古屋の東海ダービーは、『東海優駿』と名称変更し、5月29日に行われる。
もともと1971年の第1回から第9回まで東海優駿として行われていたが、80年の第10回から東海ダービーとなり、中央との交流となった96年からは名古屋優駿、再び地方重賞となった2005年に東海ダービーに戻り、さらに今回、東海優駿という当初のレース名に回帰することとなった。
東海地区のこの世代は確たる主役不在の混戦。それを象徴するかのように、一冠目の駿蹄賞は、3番人気→8番人気→4番人気という波乱の決着となった。
2番人気のミトノウォリアーは4コーナー手前で先頭に立って直線を向いたものの、失速して4着。しかしなんとそこから中5日で笠松の新緑賞に出走。2着に3馬身差をつけての快勝で、あらためて東海地区の世代トップクラスである実力を示した。東海優駿へはそこから中2週という日程で臨むことになりそうだ。
駿蹄賞で1番人気に支持されたのはスティールアクター。ホッカイドウ競馬のシーズン終了後に転入し、重賞初挑戦の新春ペガサスカップは3着だったが、スプリングカップ、笠松・ジュニアグローリーと連勝し、移籍後6戦5勝。東海地区の三冠はこの馬が牽引するかに思われた。ところがネクストスター中日本は出走取消。前述駿蹄賞は、3番手追走から4コーナーでは抜群の手応えで前をとらえにかかったように見えたが直線ばったりで7着。同厩舎のミトノウォリアー同様、中5日で笠松・新緑賞にエントリーしたものの競走除外となった。順調には使えていないようなので、東海優駿は果たしてどうか。
そして駿蹄賞を6馬身差で圧勝したのがフークピグマリオン。中団から3コーナー過ぎでまくって出ると、直線で突き抜けた。2歳時にはゴールドウィング賞を制し、前走ネクストスター中日本からの連勝で重賞3勝目。新春ペガサスカップは2着、スプリングカップはスティールアクターの3着だったが、後半末脚勝負というタイプだけに展開に左右される面はありそう。ただ長く脚を使えるだけに距離延長はいいはず。駿蹄賞のレースぶりから、東海優駿では人気の中心になりそうだ。
笠松所属馬では、2歳時にデビューから5連勝でネクストスター笠松を制した牝馬のワラシベチョウジャが期待となりそう。その後は勝ちきれないレースが続いたが、新緑賞でミトノウォリーアに3馬身差2着と復活の兆しを見せた。
文/斎藤修
【私的名馬録】園田のアラブが中央挑戦「インターロツキー」
2024年05月15日
1989年5月5日、兵庫大賞典を制したインターロツキー。このときの鞍上は田中道夫騎手。
日本競馬界の歴史に名を刻んだ名馬・競馬ファンの記憶に残る名馬の活躍を競馬ライターたちが振り返る私的名馬録。
今回のテーマはー
「アラブのメッカ」。アラブ専門の競馬場だった園田は、サラブレッド導入の1999年以前はこう呼ばれていた。
サラブレッド中心の中央とは違う独自の競馬を繰り広げているという関係者の矜持が込められたこの言葉が好きだった。
その一方で、地方出身のオグリキャップやイナリワンの中央での活躍を見て、園田にサラブレッドがいないことを寂しく思ってもいた。
そんな私が驚いたのは1992年の春先だった。
この年からJRAは地方との交流拡大のため、芝のオープン特別4レースを地方馬へ開放すると発表していたが、その1つのテレビ愛知賞(6月27日、中京・芝2000m)に兵庫からインターロツキー(武田廣臣厩舎)が出走することが報じられた。
地方のアラブの中央挑戦は史上初。「そんなことできるの?」が正直な気持ちだった。
当時、牡8歳(旧表記)のインターロツキーは58戦27勝。
重賞は兵庫大賞典3勝をはじめ、61キロで勝った播磨賞など計7勝の"園田の怪物"だった。
ただ、関係者の間では「園田のアラブのオープンは中央500万(現1勝クラス)くらいの実力」と言われ、サラブレッドの中央オープン相手では苦戦必至と言えた。
しかし、関西のスポーツ紙は「園田の怪物、中央へ殴り込み」と大きく取り上げ、左回りの中京への対策として、右回りの園田を逆回りで調教する姿などを報じた。
アラブの怪物の挑戦に、マスコミも熱い視線を注いだ。
当時の様子を武田調教師はこう振り返った。
「内心、勝つのは無理と思ってたが、取材が結構来て、本当にありがたかった。勝てなくてもアラブのメッカの名に恥じない走りを見せないとと思った」
土曜のレースに備え、月曜に園田で追い切ると水曜日には中京入り。
木、金曜と芝で調整し、金曜には主戦の平松徳彦騎手が騎乗し感触を確かめた。
平松騎手は「何から何まで初ものづくし。無欲の挑戦だった」と当時の心境を語った。
単勝は16.3倍の7番人気(12頭立て)。
本来ならしんがり人気でもおかしくないが、ファンの心情馬券が人気を高めた。
パドックや馬場入場では、武田調教師が「出走馬の中で一番、声援が大きかった」と言うほどだった。
レースはサラブレッドのスピードについていけず最後方追走から11着に終わった。
とは言え、園田のアラブの中央挑戦は後にも先にも、ただ1頭。
地方に枠を広げても、2年後の吾妻小富士オープンに挑戦した大井のトチノミネフジのみ。
今はなきアラブ競馬の歴史を中央にも刻む偉業を担った。
インターロツキーは92年一杯で引退。
引退レースとなった園田金盃は、向正面で置かれる大ピンチの中、4コーナーでエンジンがかかると、直線でグングン差を詰め、クビ差、差し切る劇的な勝利だった。
引退式では詰めかけた1万人を超えるファンに別れを告げ、園田を去った。
生涯成績65戦31勝。
その功績だけでなく、果敢に中央のサラブレッドに挑んだその姿は今も燦然と輝いている。
文/松浦 渉
OddsParkClub vol.61より転載
悲願のばんえい十勝オッズパーク杯制覇のメムロボブサップ、目指すは千代の富士!?
2024年05月07日
飛行機で降り立った瞬間、「北海道はでっかいどー!」「は~るばる来たぜ北海道!」と毎回言いたくなるのはなぜでしょうか。
オッズパーク会員のみなさん、こんにちは。競馬リポーターの大恵陽子です。
今回、新千歳空港から高速バスに乗り込み、向かった先は帯広。
この日は帯広競馬場でばんえい十勝オッズパーク杯が行われるのです。
約2時間半。山間を走り、次第にパッチワークのような緑と茶色の畑が見え始めると、十勝地方。帯広駅でバスを降りると、ひんやりした空気が肌をかすめました。
JR帯広駅に到着。市内には桜が咲いていました。
さぁ、ここから競馬場へ。
......というところなのですが、まだお昼過ぎ。ナイター開催のため第1レースには早いし、帯広周辺は温泉の宝庫。モール泉という、古代の植物が堆積してできた地層を通って湧き出た湯はアメリカンコーヒーのような濃茶色をし、5分も浸かれば体の芯からポカポカしてくるんです。
というわけで、路線バスに乗って約10分。モール泉が楽しめるスーパー銭湯が第一目的地となりました。490円というお手頃入浴料ながら、期待を裏切らぬいいお湯。東京から約1ヶ月遅れでやってきた北海道の春の空気は爽やかで、露天風呂で清々しい汗を流しました。
そうして向かった帯広競馬場。
スタンド壁面の写真はいつ見ても迫力たっぷり
ん?なんだかものすごい人だかりができているぞ!と歩いていくと、群衆の先にいたのはばんえい競馬でお馴染みの芸人・スキンヘッドカメラさんたち。その後には吉本芸人も登場して、「オッズパークpresents吉本芸人大集合!」のお笑いステージが行われました。
大盛況だったお笑いステージ
スタンド1Fでほっこりする醤油ラーメンをすすり、入場門外にある「とかちむら産直市場」で人気ナンバーワンという本格ポテトチップスを買い、珍名馬で人気のウチュウジンのパドックを見てはしゃいでいるうちに、日は暮れてあっという間にばんえい十勝オッズパーク杯の時間となりました。
ナイター照明の下、パドックに一番に入場したのは誘導馬。胸前には手作りのマキバオーのタペストリー、頭にはチュウ兵衛親分が乗っていて、オッズパークのイメージキャラクター『みどりのマキバオー』の世界観たっぷり。
漫画『みどりのマキバオー』の世界観たっぷりの誘導馬
マキバオーは手作りで愛嬌あふれます
続いて入ってきた出走馬の中に、ひときわ迫力のあるマッチョな馬がいました。
「あっ、これがメムロボブサップか!」
ボブサップといえば、平成の時代にお茶の間を賑わせたゴリマッチョの格闘家を思い出しますが、メムロボブサップの父ナリタボブサップがまさにそんな馬だったと地元ファンは話します。背も高いし、幅もあって筋肉もすごかった、と。
メムロボブサップのムッキムキの筋肉はその父の遺伝子なのでしょうか。
阿部武臣騎手の勝負服カラーに合わせた紫と白のボンボンをたてがみにつけ、輝いて見えます。
そういえば、ばんえいファンの友人がこう言っていました。
「メムロボブサップはパドックで元気が良すぎるくらいの方が状態がいい、と個人的には思っているんです」
目の前のメムロボブサップはパドックを出ていく時、ゲートに向かう道と、何度か走り出しそうなくらいの気合いを見せました。
「これは好調の証なのかな!?」
過去3度敗れたばんえい十勝オッズパーク杯の悲願の制覇へ、期待が高まります。
他の馬たちも素晴らしく、コウテイも迫力ある体で、オーシャンウイナーは水色(もしかして海色!?)の飾りをつけて闊歩、アオノブラックやインビクタもカッコいい体に映りました。
1,100kg超えのコウテイ
水色の飾りをつけたオーシャンウイナー
2021年、22年とばんえい十勝オッズパーク杯を連覇しているアオノブラック
昨年覇者のインビクタ
でもやっぱりメムロボブサップが勝つところを見たいなぁと思い、第二障害の2番レーン(外詰め)にカメラの設定を合わせて発走を迎えました。
馬場水分は1.4%。
スタートして一斉に9頭が駆け出すと、砂埃が舞い上がります。シャンシャンという音とともに第一障害を先頭で駆け下りたのはメムロボブサップ。その後、第一障害と第二障害の間を6回刻み前半57秒でスムーズに第二障害に先頭でたどり着くと、障害のかかりしなで失敗した昨年とは打って変わってスンナリと第二障害もクリア。
余裕の手応えで先頭を譲らぬまま、2着アオノブラックに5秒2差をつけて完勝しました。
圧倒的な力を見せて第18回ばんえい十勝オッズパーク杯を制したメムロボブサップ
堂々の勝利で、記念撮影時にはあくびをする余裕さえ
口取り撮影にはこの日、お笑いライブで盛り上げ、表彰式プレゼンターも務めた吉本芸人のみなさんも
オッズ・パーク株式会社賞を受け取る竹澤一彦オーナー
「やっと獲れました」
安堵の笑みを浮かべた阿部騎手。4度目の正直でばんえい十勝オッズパーク杯初制覇となりました。
「2年は雨で馬場が軽くなってアオノブラックに敗れ、昨年は障害でアクシデントがありました。先行して前に行ければ余裕があるだろうし、障害さえ越えれば、と思っていました」
「4度目の正直で今年獲れてよかったです」とオッズパーク杯初制覇を喜んだ阿部武臣騎手
表彰式ではプレゼンターのスリムクラブ・真栄田賢さんがお祝いに財布から現金を渡そうとして、笑いに包まれる場面も
坂本東一調教師もこう話します。
「重量が700kgくらいまでならすごく気分よく行く馬なんです。年齢による衰えは全くありません」
メムロボブサップの(左から)竹澤一彦オーナー、坂本東一調教師、阿部武臣騎手
ばんえいは開幕の4月は斤量が軽く、シーズンが進むにつれて重たくなっていくというシステムに加え、賞金を獲得していくと重賞では追加で重量を背負うことになりますから、この先は重量との戦いもあるでしょうが、今年はいくつ重賞を勝つのだろう、とワクワクさせるレースでした。
ところで、ばんえいは初心者の私。思い切って坂本調教師にこう尋ねてみました。
「素人目にもメムロボブサップは迫力ある馬体で輝いて見えました。プロの目から見た長所は?」
すると、こんな答えが。
「私を見ていれば、そのまんまだと思います」
えっ!?
あ、カッコいいということでしょうか。
「あはは。マイクがないとたまにこういう冗談を言うんですよ(笑)。ボブサップはどちらかというとレースは自分で作る馬で、今日のようなパターンになってくれれば大丈夫。若い頃はばん馬では小さい方で、他の馬と比べたら50〜100kgくらい軽くて、背も小さかったんです。でも、筋肉はすごく張っていますよ。相撲界で言えば、舞の海や千代の富士。千代の富士くらい強くなってくれればいいねぇ。相撲とばん馬は一緒で、『食べれ。太れ』。調教で汗をかかせて、食べられるだけたらふく食べさせます。そうじゃないと荷物に負けちゃいますからね。昼休憩の時間帯や夜中に厩舎へ見に行って、エサを残していたら『ちょっとどこか変なのかな』と思います」
私が感じた迫力は、体の大きさというよりも、幅のある体や立派な筋肉からくるものだったのかもしれません。
正面から見ると、幅のある馬体であることがよく分かるメムロボブサップ
さて、阿部騎手は今後の夢をこう語ります。
「メムロボブサップがまだ勝っていない重賞を獲りたいです。あと、ばんえいグランプリ四連覇をしたいですね」
ばんえいシーズン最初の重賞・ばんえい十勝オッズパーク杯を制し、メムロボブサップの新たな一年がスタートしました。
文/大恵陽子