レジェンドの引退と世代交代
2025年11月29日
先日、地方競馬の調教師・騎手免許試験の新規合格者(12月1日付免許)が発表されたが、調教師免許の合格者では、レジェンドと呼べる騎手たちの名前が並んでいた(勝利数等の記録は11月28日現在)。
まずばんえい競馬では、65歳の藤野俊一騎手と、63歳の藤本匠騎手。
藤野騎手は1986年が初騎乗で、通算3794勝はばんえい騎手としては歴代2位の記録。ばんえいの公式サイトのコメントで「特に思い入れがある馬」と話しているシマヅショウリキでは、1999、2000年にばんえい記念を連覇。2003〜06年にばんえい記念4連覇を果たしたスーパーペガサスでは、05・06年に手綱をとっていた。さらに2010年のニシキダイジンも加え、ばんえい記念5勝は最多タイの記録。
ばんえい歴代最多の4873勝を挙げているのが、1983年にデビューした藤本騎手。2位の藤野騎手に1000勝以上の差をつける圧倒的な記録だ。ばんえい記念はデビュー10年目の1992年(当時は農林水産大臣賞典)にテンシヨウリで制し、2002年にはサカノタイソンでも制した。騎乗数の3万7845も、ばんえい騎手ではただ一人の3万回超えだ。
そしてばんえい競馬では、新人騎手3名の合格も発表された。
ばんえい競馬は、かつて帯広、旭川、岩見沢、北見の4市で行われていたが、売上げ不振によって2007年からは帯広市の単独開催となった。しかしその後も売上げの落ち込みは続き、先の見えない状況に新人騎手のデビューが何年も途絶えた時期があったが、売上が回復してきた近年、2019年以降は今回の3名も含め11名がデビュー。その中で、20年デビューの金田利貴騎手、22年デビューの今井千尋騎手は年間100勝以上をマークする活躍で、確実に世代交代が進んでいる。
川崎競馬では、ともに2000を超える勝ち星をマークしている、今野忠成騎手、山崎誠士騎手が調教師となる。
川崎も近年、新人騎手のデビューが多い競馬場で、その中から頭角を現したのが2022年デビューの野畑凌騎手。デビュー2年目の23年から年間100勝を達成。毎年勝ち星を伸ばすなかで、今年11月28日現在185勝は、南関東リーディング3位、全国でも8位に躍進している。
そしてレジェンドといえば、名古屋の宮下瞳騎手。1995年にデビューし、女性騎手としてさまざまな記録を塗り替えてきての調教師への転身だ。
その記録の数々を挙げていくとキリがないが、2020年には日本の女性騎手として初となる年間100勝超の105勝、昨年はキャリアハイとなる116勝をマークした。それが、2人のお子さんの出産を経て、2016年に5年ぶりに現役復帰して以降、年齢を重ねてからの記録ということではスゴイとしか言いようがない。
宮下騎手の最終騎乗は11月26日だったが、その前日に名古屋競馬場で行われたレディスジョッキーズシリーズの第2戦では単勝1.3倍の断然人気に支持された。直線では、今年4月に同じ名古屋からデビューしたばかりの小笠原羚騎手(単勝8.3倍、4番人気)との追い比べとなり、その小笠原騎手が1馬身差で振り切って勝利。世代交代のバトンが渡されたような、感動的なゴールシーンだった。
その名古屋でもここ1、2年で騎手の世代交代が急激に進み、今年200勝以上を挙げて東海リーディングの1、2位を争うのは、1位の塚本征吾騎手が2021年デビューで、2位の望月洵輝騎手は昨年4月にデビューしたばかり。また、東海リーディング3位は笠松でダントツの成績を挙げる渡邊竜也騎手で、2017年デビューの今年9年目。渡邊騎手は昨年まで3年連続で笠松競馬場における年間最多勝記録を更新した。
文/斎藤修
高知VS兵庫の戦いが熱い
2025年09月29日
9月26日のその金ナイター開催で行われた1400mの重賞・園田チャレンジカップ。西日本地区の交流ではあったが、他地区からの遠征馬は高知のみ。しかも地元兵庫5頭に高知5頭の10頭立てという、兵庫VS高知の対抗戦のようになった。
単勝1.8倍の断然人気に支持されたのは、中央所属の2歳時に兵庫ジュニアグランプリJpnIIを制したこともある兵庫のオマツリオトコだったが、勝ったのは高知のロレンツォ。2着にも高知のミスズグランドオーが入り、オマツリオトコは3着。以下4〜6着も高知が占め、オマツリオトコが高知勢の一角を崩したのみで、"対抗戦"としてみると高知の圧勝だった。

高知のロレンツォが園田で重賞初勝利(写真:兵庫県競馬組合)
近年「高知の馬は強い」と言われるようになり、今年高知所属馬では、ほかに園田で6月の園田FCスプリントを3歳牝馬のユアマイドリームが古馬の牡馬を相手に逃げ切ったのも印象的だった。
とはいえ逆に、兵庫所属馬の高知での活躍も見逃せない。2月にはレジーナディンヴェルノ賞をサンオークレアが勝ち、今年から地方全国交流となった福永洋一記念をエコロクラージュが制した。そしてジュゲムーンに高知三冠がかかった黒潮菊花賞では、5番人気の兵庫・ラピドフィオーレがジュゲムーンに6馬身差をつけて圧勝。ラピドフィオーレは、今年高知での開催となった西日本3歳優駿も連勝。2着にキミノハートが入り、西日本3歳優駿は兵庫所属馬のワンツーだった。

黒潮菊花賞を制した兵庫のラピドフィオーレ(写真:高知県競馬組合)
近年は高知の黒船賞JpnIIIでも兵庫所属馬の好走が目立っている。2022年に制したイグナイターは、翌23年にも3着。24年は高知のヘルシャフトが2着に入ったが、兵庫のタイガーインディが3着。そして今年はアラジンバローズが3着。ダートグレードで4年連続、馬券圏内という活躍ぶりだ。
先に、<近年「高知の馬は強い」と言われるようになった>と書いたが、じつは強くなったのは近年のことではない。高知所属馬は、馬券の売上が落ち込み、賞金もどん底だった頃から他地区への遠征で活躍していた。
2008年には田中守厩舎のスペシャリストがオグリキャップ記念(笠松)を勝利。中央準オープン(現3勝クラス)から雑賀正光厩舎に移籍したグランシュヴァリエは、その初戦として遠征した2010年1月の報知オールスターカップ(川崎)で1/2馬身差2着に好走すると、同年のマイルチャンピオンシップ南部杯JpnIでは4コーナーで先頭に立とうかという勢いで3着に激走した。
高知優駿の1着賞金が27万円、高知県知事賞が135万円という時代だ。
当時の話を雑賀調教師にうかがうと、「応援してくれる馬主さんがたくさんいて、強い馬を入れてくれた」というが、それにこたえて遠征で結果を出した関係者もすばらしい。
高知競馬の売上は、1990年以降でもっとも落ち込んだ2008年度が年間約39億円だったが、2024年度は999億円余り。16年で約25倍と、驚異的に売上を伸ばした。これによって、いま、高知優駿の1着賞金は1600万円、高知県知事賞は2000万円となっている。
こうして高知競馬は、瀬戸内海を挟んだ兵庫の馬たちと高いレベルで切磋琢磨し、西日本の地方競馬を盛り上げているのだが、興味深いのは売上面でも同じレベルで争っていること。
基本的に、高知競馬は週2日、兵庫は週3日と、開催日数が異なるため、年間の売上では比較にならないが、2024年度の1日当たりの平均売得額では、高知が約9億2570万円に対して、兵庫が約7億8730万円。四国の一地方都市に過ぎない高知の競馬が、大阪・神戸という巨大都市の商圏にある兵庫の競馬を追い越してしまった。今や高知の1日平均の売上は、南関東4場に次いで全国の地方競馬で5番目となっている。
とはいえグレード勝ち馬という面で見ると、兵庫所属馬では近年だけでもイグナイターが2023年にJBCクラシックJpnI(大井)を制し、昨年はアラジンバローズがサマーチャンピオンJpnIII(佐賀)を制したのに対して、高知所属馬のグレード勝ちは、1998年、第1回黒船賞GIIIをリバーセキトバが制したのが唯一となっている。
さて、9月30日の白山大賞典JpnIII(金沢)で、シンメデージーが高知所属馬として2頭目のグレード勝ち馬となるか、注目だ。
文/斎藤修
メムロボブサップに期待される数々の記録
2025年08月30日
メムロボブサップが、8月10日に行われたばんえいグランプリを制し、5連覇を達成。ばんえいグランプリでは1991年から94年にアサギリが4連覇を達成したことがあったが、同重賞5連覇はばんえい競馬では史上初の快挙となった。

ばんえいグランプリ5連覇を達成したメムロボブサップ(写真:ばんえい十勝)
今年3月、ばんえい記念2勝目を挙げたメムロボブサップは、今シーズンまず最初の目標としたのがばんえいグランプリで、そこに向けて7月28日の特別・サマーカップで復帰。ばんえい記念直前の調教中に怪我を負い、ばんえい記念でメムロボブサップの手綱をとることができなかった主戦の阿部武臣騎手もまだ万全の体調ではなかったようだが、これに合わせて7月26日に復帰。迎えたばんえいグランプリでは、第2障害を先頭でクリアすると、確かな脚取りで後続を寄せ付けず、危なげなく勝利。
勝利騎手インタビューで阿部騎手は、ファンからの歓声と拍手に涙で声を詰まらせる場面があった。ばんえい記念の乗替りと、復帰までの道のりはそれほどつらかったのだと想像される。
そして調教師のコメントに「今後は帯広記念に向けて......」とあったように、今シーズン2つ目の大目標は、だいぶ先のことになるが、1月2日の帯広記念。帯広記念には、これまたばんえい競馬では史上初となる古馬重賞全制覇という記録がかかっている。
メムロボブサップが今シーズン、それほどレースを絞って使われているのは、ばんえい競馬独特の賞金格付ルールのため。
ばんえい競馬は4月から翌年3月が1シーズン。古馬重賞ではばんえい記念など一部のレースを除いてほとんどが別定重量戦となっていて、シーズンの前半で勝ちまくって賞金を稼ぐと、シーズン後半には別定重量を背負って勝つことが難しくなる。
メムロボブサップがこれまで帯広記念を勝てなかったのはそのため。昨シーズン(今年1月2日)の帯広記念でも、他馬より30kg以上重い930kgを背負い、惜しくもコウテイの2着に敗れていた。帯広記念には2022年から毎年出走していて、9、2、2、2着。その4回とも、単独で最も重い930kgでの出走だった。
そういうわけで今シーズンは唯一残された古馬重賞・帯広記念を勝つために、このあともレースを絞って使われると思われる。
メムロボブサップが目指す記録はほかにもある。現在重賞は通算24勝。ばんえい競馬の重賞最多勝記録は、オレノココロによる25勝で、あとひとつで並ぶことになる。
さらにメムロボブサップによって達成されそうな記録が、ばんえい競馬の収得賞金記録の更新だ。
メムロボブサップは今年3月のばんえい記念を勝って、ばんえい競馬では史上8頭目となる通算賞金1億円を達成。スーパーペガサスが2006年に達成して以来19年ぶりのことだった。
それほどこの記録が達成されなかったのは、売上減によって賞金が下がっていたため。重賞25勝のオレノココロもそうだが、その間、かつての1億円馬の成績と比較しても1億円に手が届いてもよさそうな実績馬は何頭かいた。それでも近年、ようやく馬券の売上とともに賞金も上昇してきたことで、メムロボブサップが久しぶりに1億円の大台に到達することになった。
ばんえい競馬の収得賞金記録は、初代1億円馬で昭和の時代にその記録を達成したキンタローの1億1672万5000円。そして現在、メムロボブサップの通算収得賞金は1億578万7500円。帯広記念の1着賞金は昨シーズンまでの500万円から800万円にアップしており、帯広記念とあとひとつ重賞を勝てば到達する。また仮に帯広記念を勝てなかったとしても、昨年までの1000万円から一気に倍増の2000万円となったばんえい記念3勝目となれば、文句なしの記録更新となる。
今シーズンのメムロボブサップには、ばんえい競馬におけるさまざまな記録を塗り替える可能性がある。
文/斎藤修
吉原寛人騎手が目標とする記録
2025年07月29日
「吉原寛人は、いったい何人いるんだ?」と言われるほど、日々、全国各地の地方競馬で騎乗している吉原寛人騎手。
本人が昨年あたりから口にするようになった大記録達成が間近になった。
それは、安藤勝己さんによる地方重賞200勝という記録の更新だ。7月27日、地元金沢の百万石かがやきナイター賞をリトルサムシングで制し、これが地方競馬重賞通算192勝となった。
吉原寛人騎手は2001年4月にデビューし、その年は9カ月間の騎乗で95勝を挙げ、NARグランプリ優秀新人騎手賞を受賞。重賞初勝利は3年目、2003年7月1日のオールジャパンリーディングジョッキーという、金沢で当時行われていた騎手交流の重賞だった。
以降は1年も欠くことなく毎年重賞を勝ち続けている。ただかつては所属場以外で騎乗できる機会はそれほど多くはなく、また金沢で行われている重賞もそれほど多くはないことから、年間の重賞勝利はほとんど一桁。初めて二桁に乗せたのが2013年のことで11勝。
吉原騎手が南関東で初めて期間限定騎乗したのが2011年(1月17日〜3月11日)で、この間の勝利数は16勝、翌12年(1月10日〜3月9日)に21勝、さらに同年(4月9日〜6月8日)33勝、14年(1月1日〜2月28日)47勝、14〜15年(12月28日〜2月27日)61勝と、年を追うごとに南関東期間限定での勝利を伸ばした。吉原騎手が全国区になっていったのはこの頃だ。
重賞11勝を挙げた2013年の内訳は、金沢8勝のほか、川崎、船橋、盛岡で各1勝ずつ。年度の関係でこの年は南関東での期間限定騎乗はなく、川崎、船橋での重賞勝利はスポット騎乗でのものだった。
その後は、2014、18年を除いて毎年重賞二桁勝利を記録。コロナ蔓延によって他地区での騎乗が制限された20〜22年もそのペースはそれほど落ちることはなく、コロナの制限が明けた23年には初めて20勝を超える22勝をマーク。そして24年には28勝。さらに今年、1月2月は重賞勝利がなく足踏みしたが、6月には6勝の固め勝ち、7月にも4勝を挙げ(27日現在)、地方重賞通算192勝とした。
安藤勝己さんによる、"地方所属騎手による"地方重賞200勝という記録の更新はもう目の前。となって、吉原騎手はまた新たな数字を目標に掲げている。
実は安藤勝己さんは、中央移籍後にも地方競馬で重賞31勝を挙げている。合計231勝。吉原騎手の次なる目標は、すでにそこにある。
吉原騎手は2024年2月22日、姫路競馬場の兵庫ユースカップを高知のリケアサブルで制し、史上初めて地方競馬の全場(平地)重賞制覇という記録を達成した。そしてもうひとつ、来年になるのか、再来年になるのか、地方競馬重賞最多勝記録の更新という、おそらく今後も容易には達成されないであろう2つ目の記録を達成しようとしている。
文/斎藤修
東海地区で若手騎手躍進
2025年07月01日
早いもので今年も折り返し地点。そうしたところで東海地区の騎手リーディング(名古屋・笠松競馬場での成績)が、今年はこれまでと様相が変わって、若手騎手の台頭が目立っている。
6月29日現在のトップ5は以下のとおり(数字は名古屋・笠松での)勝利数。
塚本征吾(名) 125
加藤聡一(名) 92
渡邊竜也(笠) 90
岡部 誠(名) 85
望月洵輝(名) 82
2017年から昨年まで不動のリーティングだった岡部誠騎手が現在騎乗していないということもあるのだが、岡部騎手がコンスタントに騎乗していた5月末現在の段階でもトップは塚本で107勝、次いで岡部84、渡邊83、加藤78、望月67だったから、2位以下の争いはどうなるかわからないような状況だった。
こうした予兆は昨年からあって、昨年の東海リーディングでは、岡部259、渡邊241、塚本209と、岡部騎手がトップではあったものの、3名が200勝を超えるハイレベルな争いとなっていた。
特筆すべきは、今年デビュー5年目となる塚本征吾騎手の一気の台頭だろう。デビューした2021年こそ4月からの9カ月間で44勝だったが、22年84勝、23年149勝、24年209勝と、年を追うごとに急上昇。今年は折り返し地点の手前で126勝(名古屋・笠松では125勝)というペースなら、無事に1年間騎乗すれば昨年の数字をさらに上回ることは確実だ。2016年デビューの加藤騎手、2017年デビューの渡邊騎手に先んじて、一気に東海地区のトップに立つ可能性が高い。
さらに注目は、昨年デビューしたばかりの望月洵輝騎手の勢いだ。デビューした昨年は4月からの9カ月間で95勝をマーク。そして今年はここまで82勝。この勢いなら一気に年間200勝の大台に乗せてくるかもしれない。
ちなみに望月騎手は、デビューからちょうど1年が経過した今年4月8日現在の勝利数が142で、2021年10月に飛田愛斗騎手(佐賀)が記録した、地方競馬におけるデビューから1年の最多勝記録127を更新した。そして今年5月4日には、重賞初制覇を東海優駿(サンヨウテイオウ)で果たしたことも記憶に新しい。
また渡邊竜也騎手は昨年まで3年連続で笠松競馬場における年間最多勝記録を更新し、昨年は笠松だけで232勝を挙げた(地方全体では245勝)。
このように新記録を達成している若手騎手たちだけに、リーディングを争うようになるのは当然のことでもある。
そして、加藤騎手は2016年に、渡邊騎手は2018年に、塚本騎手は2022年に、それぞれNARグランプリ最優秀新人騎手賞を受賞しているというもの共通項。同賞はデビュー2年目までの騎手に資格があるため、望月騎手は今年の同賞の最右翼といえる。
新人騎手として全国レベルで活躍している騎手がこれだけ東海地区に揃っているのだから、この騎手たちがリーディングを争うのも、むしろ当然のことといえる。
さて、今年の東海地区のリーディングが年末までにどうなっているか。さらに向こう何年かで、東海地区のこの若手騎手たちがどんな活躍をしているのかを想像するのも楽しみではある。
文/斎藤修


