古馬重賞全制覇へメムロボブサップ

2024年11月29日

 メムロボブサップの勢いが止まらない。
 11月24日のドリームエイジカップを勝って今シーズン負けなしの8連勝。重賞も今シーズンだけで5勝で、通算では21勝とした。まだ8歳なだけに、オレノココロの重賞25勝という記録更新も見えてきた。
 さらに、ドリームエイジカップを勝ったことで、ばんえい競馬の古馬重賞全制覇まで、残すところは帯広記念のみとなった。
 
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ドリームエイジカップを制して古馬重賞全制覇に王手をかけたメムロボブサップ(写真:ばんえい十勝)
 
 メムロボブサップは今シーズン、年度最初の重賞・ばんえい十勝オッズパーク杯を初めて制したことで、古馬重賞(牝馬限定戦を除く、以下同)全制覇を目標にレースを選んで使われてきたと思われる。
 「レースを選んで使われてきた」というのは、早い時期に勝ちまくってしまうと、後半になると重量を課され、後半の重賞が勝ちにくくなるためだ。
 ばんえい競馬の古馬重賞は、シーズン最初のばんえい十勝オッズパーク杯、そしてクライマックスのばんえい記念を除き、いずれも賞金別定戦となっている。そのためメムロボブサップは、これまで後半の重賞では重量的に不利になり、ライバル・アオノブラックにタイトルをさらわれることが多く、たとえば10月下旬に行われる北見記念は昨年までアオノブラックが3連覇していた。
 そういうわけで、今シーズンのメムロボブサップは、ばんえい十勝オッズパーク杯を制したあとは、すでに制している北斗賞、旭川記念には出走せず。ばんえいグランプリで4連覇を果たすと、そのあとの岩見沢記念、北見記念は、ともに初制覇となった。
 ドリームエイジカップも、これまで2020〜22に出走(23年は不出走)していたが、2、2、3着と勝ちきれず。20年は10kg軽いアオノブラックに先着を許し、21年は牡馬同士で最大40kg、22年は同じく最大70kgという重量差に苦しめられてきた。しかし今年はシーズン前半を休んだため、牡馬同士で最大30kg差。それゆえ2着のキングフェスタに10秒以上の差をつけての圧勝となった。
 さて、残すところは帯広記念。これまでは22年9着、23年2着、そして24年も2着。
 帯広記念は基礎重量890kg。メムロボブサップはこの3年間、いずれも別定40kg増の930kgでの出走だった。さすがにその重量差は現役最強馬といえども、いかにも厳しい。むしろ2着に入ったことでは、あらためて飛び抜けた強さを示したといっていいだろう。
 そして今シーズンは、このあと賞金を稼ぐことがなければ別定30kg増の920kgでの出走となると思われる。帯広記念は、過去に930kgで勝った馬はおらず、920kgであれば、帯広市単独開催になった2007年度以降(帯広記念は年明けに行われるため08年以降)で、カネサブラック(13年)、オレノココロ(17、19年)、コウシュハウンカイ(18、20年)、アオノブラック(23年)と、6例の勝利がある。
 そしてメムロボブサップにとっては、今シーズン、ライバルのアオノブラックが不調ということもあり、帯広記念を勝てる可能性が高い条件が揃ったといえそうだ。
 
 そしてもうひとつ、メムロボブサップによって達成されるかもしれない偉大な記録が、シーズン無敗記録だ。
 ただこの記録は、ばんえい競馬でこれまで達成した馬がいなかったわけではない。01、02年にばんえい記念を連覇したサカノタイソンは、97年度の3歳(旧4歳)シーズン、98年度の4歳(旧5歳)シーズンと、2シーズン連続で、また21年のばんえい記念を制したホクショウマサルは18年度の7歳シーズンに達成している。
 とはいえサカノタイソンは、3歳シーズンは重賞には出走せず12戦全勝。4歳シーズンはわずかに7戦のみ。ただその中に、銀河賞、ポプラ賞、チャンピオンカップという重賞3勝が含まれていたというのは立派な記録だ。しかもそのチャンピオンカップは、明け5歳で古馬重賞初挑戦で制したということでも評価できる。
 ホクショウマサルは、7歳シーズンに23戦全勝。ただこのときは2年以上の休養明けのため番組賞金ゼロで、最下級条件からの連戦連勝。最後はA2級まで上がったが、重賞出走はなし。さらに8歳シーズンもA2級からのスタートで連勝を続けたが、最終戦のばんえい記念で惜しくも3着に敗れた。
 メムロボブサップが達成しようとしているシーズン無敗記録は、最上級クラスに格付けされてのもの。しかもすでに古馬重賞5勝が含まれている。
 メムロボブサップがこのあと、帯広記念、そしてばんえい記念まで、今シーズン無敗のまま制することになれば、過去にない偉大な記録となる。
 
文/斎藤修

 

岩手競馬リーディングジョッキー・トップ12名が争うオッズパーク杯ゴールデンジョッキーズシリーズに注目を!

2024年11月28日

12月2日(月)はオッズパーク杯「ゴールデンジョッキーズシリーズ(2戦)」。第1戦はB2級・水沢1400m、第2戦はB1級・水沢1600m。以上2戦の総合ポイントで優勝が争われる。優勝騎手にはボーナス50万円、総合2位騎手は30万円、総合3位騎手に20万円が支給される上、レース賞金の進上金、さらにオッズ・パークからも副賞が授与でき、トリプルの喜び。



ゴールデンジョッキーズシリーズの出場資格は11月26日(火)終了時の岩手競馬リーディング上位12名。かつてゴールデンステッキ賞(上位8~10名)、シルバーステッキ賞(若手プラスリーディング下位)のジョッキー戦2レースがあったが、ゴールデンジョッキーズシリーズに集約された。


現在、「ゴールデンジョッキーズシリーズ」は同日2レースの総合ポイントで争われたが、以前は3週3戦にわたるシリーズだった。その間、ジョッキーは騎乗馬の決定が気が気ではなかった。騎乗馬によって一喜一憂し、一戦ごとのポイントもチェックしていた。


ゴールデンジョッキーズシリーズの写真

なかなか理解しづらいと思うが、ボーナスで支給される50万円は進上金に例えると、1着賞金1000万円レースに該当する。ダートグレード競走を除く岩手競馬の最高賞金は1着賞金1000万円。古馬ではシアンモア記念、一條記念みちのく大賞典、桐花賞、OROカップ。3歳では東北優駿、ダイヤモンドカップ。2歳ではネクストスター盛岡の7レース。


以上のレース有力馬はほぼ騎乗騎手が決まっているが、ゴールデンジョッキーズシリーズはお手馬が完全抽選で決まるため、すべての出場ジョッキーに優勝のチャンスがある。それだけに騎乗馬が気になるところだし、1レースごとのポイント争いもし烈。


通常レースでも全力投球するのが騎手の常だが、表現が適切ではないかもしれないが、彼らは賞金ハンター。日々、勝利=賞金を争っている。しかもボーナスが1着賞金1000万円に匹敵するとなれば、がぜん気合いが入る。主導権を握るのは誰か。ペースは速いか遅いか。勝負どころ(水沢は3コーナー=残り3ハロン)の位置取りはどうか。直線でどこに進路を取るか。見どころが満載だ。


過去、会心の総合優勝コメントは山本政聡騎手。「前からダイソンの掃除機が欲しかったが、なかなか決心がつかなかった。ですが今回のボーナスで購入します」
だった。さて今年はどんなコメントが飛び出すか。シリーズ2戦の内容、結果はもちろんのこと、優勝コメントも楽しみにしてほしい。




ゴールデンジョッキーズシリーズで思い出すのは2016年。陶文峰騎手は第2戦まで7ポイントで最下位だったが、第3戦(最終戦)1着で20ポイントを獲得。山本聡哉騎手、南郷家全騎手も同じく合計27ポイントだったが、最終戦の上位着順が優先される―の規定があり、陶文峰騎手が奇跡の大逆転で総合優勝を果たした。


その陶文峰騎手は先週11月26日(火)で騎手生活にピリオドを打った。調教師試験に合格し、早ければ来年3月には所属馬を送り出す。ご存じの方もいると思うが、陶騎手は中国黒竜江省の出身。10歳で日本へ移住して水沢農業・乗馬部に所属後、騎手免許を取得した。


海外も2006年、マカオ・タイパ競馬場を皮切りに、2017年には内モンゴル自治区ウランホト競馬場、2018年は中国雲南省・昆明市の競馬場で騎乗。また北京オリンピックの前年2007年には北京・通順競馬場を訪問。後日、いきなり閉鎖されてしまったが、訪問時に主催者からスタンド完成図を見せられ、いよいよ北京競馬が本格的にスタートするな、と当時は実感したものだった。


文峰騎手の騎乗最終3日間の活躍は強烈だった。北上川大賞典をサクラトップキッドで優勝。また最終26日のメイン12Rでゼットセントラルに騎乗して1着。最高の形で騎手生活にピリオドを打った。マカオ帯同記、北京=通順競馬場、珍道中はいつかチャンスがあれば書きたいと思っている。



初冬特別/陶文峰騎手ラストラン!ゼットセントラルで有終の美を/テシオブログ



文/松尾康司(テシオ)

 

佐賀で初のJBCは九州競馬魂あふれる一日

2024年11月08日

ついにJBCが九州に上陸しました。
アメリカのブリーダーズカップを模範に、2001年に第1回が行われて以降、全国各地の競馬場で持ち回り開催されてきたJBC。馬産地として栄え、かつては中津競馬(大分県)、荒尾競馬(熊本県)のあった九州で、唯一生き残った佐賀競馬での初開催は大きな意義のあるものでした。







初開催とあって注目度は高く、駐車場の開場前には競馬場前の国道は渋滞。開門待ちの列を撮影するために向かっていたカメラマンの中には運転手だけを残して車を降り、競馬場まで2km弱、歩いた人もいたほどです。


JBC開催が決まってから、競馬場を挙げて騎手も調教師も職員も、みんなで盛り上げてきました。ピカピカの建物や最新設備が整う競馬場も魅力的だけど、佐賀らしさはそれじゃない、と行き着いたのが「うまてなし」と題した温かいおもてなしだったのではないでしょうか。


いざ開門し、場内に足を踏み入れると、あちらこちらに「うまてなし」が感じられる工夫がありました。たとえば、コンパクトなスタンドだけでなく、普段は入れない内馬場を開放してゆったり過ごせるスペースを作ったのもそう。



内馬場へと繋がる地下通路



内馬場の特設ステージでは予想会や、最終レース終了後にはUMATENAのライブも



飲食店は混雑緩和のため人気メニューに限定した営業で多くのお客様を迎えました。それでも、14時半には「龍ラーメン」は売り切れるほど、多くの方が訪れていました。





それもそのはず、内馬場から見たスタンドはこの人だかり。





山口勲騎手はJBC前に「荒尾競馬最後の日、スタンドが人の頭で真っ黒に埋まっていてね。JBCもそのくらいたくさんの人が来てくれたらいいね」と話していましたが、まさにその通りに。


「荒尾最終日とは違って、活気があるね」と、目尻を下げ、この日5勝の大活躍を見せました。


そのうちの1勝がこの日の1レースだったのですが、そのレースは静内農業高等学校の生徒たちが生産し、サマーセールで落札されたマギーズミッションのデビュー戦でもありました。2番手から運んだ同馬は、直線で離されて4着でしたが、「JBC当日のデビューに急遽間に合わせたから、まだまだこれからの馬やね」と真島元徳調教師。


佐賀競馬の招待で来場していた生徒2名は「初めて佐賀競馬場に来ました。安全に走りきってくれたことがまずは嬉しいです」と、目の前で見届けられたことに興奮した様子。また、パドックで曳いていたのは同校出身の厩務員、さらに調教師補佐も同校出身者と、静内農業高等学校リレーでたどり着いたデビューでした。





生徒たちと引率の先生が目の前でデビューを見届けられるよう招待したのも、また佐賀競馬ならではの「うまてなし」だったように思います。


もう一つ、馬産地・九州への「うまてなし」は2024九州産グランプリをJBCに合わせて特別に実施したことでしょう。勝ったのはルピナステソーロ(高知)。距離延長を克服し、霧島賞に続くタイトルとなりました。





そしていよいよJBC。
開幕戦となったJBCレディスクラシックは3歳牝馬アンモシエラが見事な逃げ切り勝ちを収めました。





勝った人馬が引き揚げてくると、スタンドからは武史コール。何度も拳を突き上げ、横山武史騎手は喜びを爆発させました。





JBCスプリントは3歳馬チカッパとの追い比べをハナ差制し、タガノビューティー(石橋脩騎手)が悲願の重賞初制覇をJpnIの舞台で果たしました。





追い込みタイプの同馬はこれまで展開の影響を受けたり、コース形態と上手くマッチしなかったりと歯がゆいレースが続いていましたが、大金星に担当の桜井吉章調教助手は涙、涙。かつての担当馬で、神戸新聞杯を勝つなど「僕の原点で、いろんなことを教えてもらった」というイコピコの写真と遺髪をポケットに忍ばせてのレースだったそうです。





そしてJBCクラシックも涙、涙でした。
勝ったのはウィルソンテソーロ。何度もGI/JpnIまであと一歩まで届きながら悔しい思いをしていた同馬が、GI/JpnI初制覇を果たしました。





鞍上の川田将雅騎手は祖父も、父・孝好調教師も佐賀の調教師。


「地元でGI/JpnIを勝つというのは、こんなに感極まるんだなと本当に嬉しく思っています」


と、勝利騎手インタビューでは何度も涙を溢れさせ、声を詰まらせました。


「ここで生まれ育ちましたので、ゲート裏を回っている時に、あそこで僕はちびっこ相撲の練習とかをしていましたから、そんなところでJBCを開催してくれるようになり、これだけ素晴らしい馬と巡り合えて佐賀に来ることができました」





佐賀出身としてJBCを勝たなければ、という使命感にも似た強い思いを抱いていたのでは、とさえ思います。JRA騎手ですが、佐賀競馬魂が宿っているのでしょう。


JBC後の最終レースとして行われたネクストスター佐賀は"九州競馬魂"を感じました。
勝ったのはデビューから無敗のミトノドリーム。





石川慎将騎手はお父様が中津競馬の騎手で、自身も少年時代を中津で過ごしました。また、管理する平山宏秀調教師は荒尾競馬で厩務員をしていた方。廃止になった競馬場の魂を継ぐ二人が、JBCデーを締めくくりました。





入場人員1万2386名、1日の売り上げ55億9140万3800円。売り上げはもちろんレコード。記録にも記憶にも残る、魂あふれる一日でした。



文/大恵陽子

 

ジョッキーがダートコースを疾走!オッズパーク杯ゴールドトロフィーリレーマラソン@園田、開催

2024年11月06日

10月20日、園田競馬場で恒例の「そのだけいばダートランニング2024」が行われました。





例年、多くのランナーが集まるイベント。実際にレースで使っているコースを走れるとあって競馬ファンには嬉しいイベントに加え、競馬に馴染みのない方にとっても珍しいコースのようで、多くの市民ランナーが参加します。


それはもう、出で立ちから「違うな」というオーラがムンムンな方々も多数。それでも第2レースのチャンピオンシップ5555mランで上位入賞した猛者たちは「めちゃくちゃしんどいです!」と話しました。





フルマラソン経験者でも第一声がそうなってしまうくらいのコースは、公式Tシャツに書かれた「砂地獄」そのもの。
前日からの雨の影響で、水分を少し含んだ稍重のダートは、本来なら砂が締まって走りやすいはずなのですが、それは「ダートの中では」の話。芝生やコンクリートに比べると、足を取られるのは必然です。
加えて、園田では2020年4月にオーストラリア産の砂に入れ替えて、レースでも従来より時計がかかるようになりました。実際に歩いた感触でも、蹴り上げた力が伝わりづらく、スピードが逃げていくイメージ。そんな砂地獄を存分に味わっていただいたことになりますが、みなさん最後には笑顔で「楽しかったぁ!」と口を揃えてくださったのは、普段足を踏み入れることができない貴重な場所だからなのでしょう。


また、本物の実況アナウンサーの実況付き、というのもこの大会の魅力。この日は園田・姫路の実況を担当する木村寿伸アナウンサーが「おーっと、斜行した」「前5頭が...あ、5人だ(笑)。4コーナーにさしかかります」といった競馬を彷彿とさせる実況で楽しませてくれました。


さて、そうこうしていると、見慣れた勝負服姿のチームが現れました。


園田・姫路のジョッキーチームです。
毎年参加していて、今年もオッズパーク杯ゴールドトロフィーリレーマラソンに出走。過去には2位入賞の経験もあるようで、速いのは馬に乗っている時だけではないようです。


ベテランメンバーの鴨宮祥行騎手は「今年こそ優勝目指してがんばります!」と宣言。
さらに、石堂響騎手の選手宣誓でオッズパーク杯ゴールドトロフィーリレーマラソンは幕を開けました。





第1走者を務めたのは、騎手デビューを目指して厩舎実習中の小谷哲平候補生。





外枠から好スタートを切ると、私の手元集計では14番手で第2走者の米玉利燕三候補生にタスキを繋ぎます。





1コーナーでタスキを受け取った米玉利候補生はすぐに進路を内へ。多少、砂が深くても距離ロスを抑える作戦に出て、すぐに2人、3人と抜かしていくと、タスキは第3走者の新庄海誠騎手へ渡ります。
厩務員時代には12連勝で重賞・摂津盃を制したヒダルマを担当していた23歳のルーキーは超快足。





快足すぎて、顔がわずかにボヤけています(撮影ミス。苦笑)。みるみるうちにゴボウ抜きして、第4走者の高橋愛叶騎手もいい走りを見せます。





第5走者の土方颯太騎手は最後までバテない走り。この走りは、個人的には高知の一発逆転ファイナルレースで買いたいタイプでした。





第6走者は大山龍太郎騎手。先月、イモータルスモーク(高知)で園田チャレンジカップを勝って重賞初制覇を果たしたばかりの彼もまた快足っぷりを見せます。
しかし、写真では笑顔なものの、「トレーニングで馬場を走るのと違って、ダートランはプレッシャーが...」とお腹を抑え気味。このあたり、先輩からの「目指せ優勝!」の言葉がのしかかっていたのかもしれませんね。





第7走者の山本屋太三騎手は「今日、マキバオーのお守りをもらったんですよ」と、早速それを身に着けてのラン。きっと最後の直線はマスタングスペシャルを繰り出せたはずです。





第8走者・石堂騎手はショートパンツにサングラスとバッチリの恰好で、外から入るタイプかと思いきや、見た目に違わぬいい走り。前日は長谷部駿弥騎手とともに佐賀競馬場でナイター競馬に騎乗し、当日輸送で園田に来たとは思えぬ走りっぷりでした。





さらに驚いたのは第9走者の長谷部騎手。メンバー中で最も丹念に準備運動を行い、フォームがめちゃくちゃかっこイイ!一緒に見ていた人と思わず「かっこイイ~!」と黄色い声を上げてしまいました。





第10走者の鴨宮祥行騎手は「年々、キツい(苦笑)」と言いつつも、やりきった表情。「僕と小谷さんは1周だけなんです」と、開放感に包まれて去っていきました。(なぜか写真は物憂げだけど)





ここでリレーマラソンのルールなのですが、1チーム20周。チームの人数によっては何名かが2周走らねばならず、若手たちは同じ順番でもう1周を走る、というローテーションでした。

そこでちょっと胸アツなシーンも見られました。
それは第11走者の小谷周平騎手からタスキを渡されたのが長男・哲平候補生だったということ。12走者からは2周目に入るのですが、偶然か必然か、親子でタスキを繋ぐことになったのです。



走り終えてしんどそうな父・周平騎手と



笑顔で2周目のランを待つ長男・哲平候補生



子だくさんの大家族で知られる小谷家で上から2番目にあたる長男・哲平候補生。実習先の新子雅司調教師はその走りを見に来るつもりが、思いのほか速くて間に合わなかった...という事件もありましたが、「走り込みは毎日しっかりするように伝えているからね」と、速い走りを誇らしく感じているようでした。


そうして1周目と同じ順で若手たちは2周目に入っていったのですが、その多くがちょっと曇った表情でリレーゾーンへ。それだけダートコースを走るのはタフでしんどかったのでしょうね。


そうした中、意気揚々と現れたのはカッコイイフォームの長谷部騎手。
胸元につけたゼッケンには永井孝典騎手と書かれているのですが、どうしても外せない用事があり、同期の長谷部騎手が代打出走となったのでした。


「ゴールの時、余裕があったら永井のゼッケンをアピールします。同期と一緒にゴールするつもりで」


そう言い残してコースに駆け出してていくと、最後の直線、永井騎手のゼッケンを両手で持って笑顔でゴール。5位でのフィニッシュで、先輩・後輩たちからは笑顔で労いの言葉をかけられました。





オッズパーク杯ゴールドトロフィーリレーマラソンの優勝チームは「GRlab園田(まだ仮)」。今年で3連覇という偉業です。

さらに、3位の「GAIA競馬部 関西支部」にはスーパースプリント300mラン優勝者もいたようで、上位チームは格が違う走りでした。


その走りにはオッズパークのイメージキャラクター・マキバオーもビックリしたことでしょう。表彰式ではマキバオー、そのだ・ひめじ競馬のそのたん、ひめたんも記念撮影に収まりました。





ジョッキーたちも上位チームにはお手上げといった様子でしたが、普段は自分が走ることは少ない彼ら。そんな中、アスリートとしての意地を見せた一日でした。





文/大恵陽子

 

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