オートレースとの出会い

2026年05月15日

 
 みなさんはオートレースとの出会いはどんな形だったでしょうか?
 
 小さい頃に親に連れられて、元々バイクが好きだったので、どんな競技なのか興味があってレースを見に行った、オート好きの友達に誘われて一緒にオートレース場に行ってみた。など、いろいろあると思うのですが、筆者の場合は友達に『面白い場所があるから行こうよ』と言われて行ったのがオートレースを知るきっかけになりました。更にその友達は『片平っていうすごい走りをする選手がいるんだよ』と言うので、バイクが好きだった私は興味を持って、楽しみにして当日を迎えました。おそらく1995年ぐらいだったと思います。
 
 そして、初めて見たオートレース、というより片平選手の凄まじい走りに大きな衝撃を受けました。前を走る選手と内線の狭いスペースにハイスピードで突っ込み、綺麗にコーナーを回っていく。その後の立ち上がりでは更にインに車を向け、次の選手を交わしていく。一見、コーナーの頂点で車が外へ流れてしまいそうな車速なのに、内線から外れることなくバイクをコントロールしていく。ただ単に車を追い抜いていくだけではなく、どこかアートすら感じさせるライディングに心を躍らせました。
 
 片平 1.JPG
 
 それからは片平選手が出場する開催に合わせて何度もレース場に足を運んだものです。当時から『セアの申し子』、『オート界のカリスマ』など数々の異名を持ち、走りに関しては『イン高速走法』、車券的には人気になりすぎて『片平オッズ』などオートレースにまつわる専門用語がたくさん生まれました。数々の伝説を残しましたが、その中でも1997年のスーパースター王座決定戦が一番印象に残っています。0線に7車、10線に単独で片平選手が置かれるハンデ構成ながら、スタート後はインからするすると番手を上げ、6周目に入る頃には先頭まで突き抜けてしまいます。まさに圧巻という走りでした。
 
 その後、私はオートレースへの興味を持ち続け、ついに業界に関わるようになりました。オートレースの記者として選手への取材を続け、内勤の時は業界の新聞を編集する仕事に就きました。そして、2015年の5月、オートレースのオフィシャルから会社へ一通のファックスが届きました。片平選手の逝去、という内容でした。その紙を目にした時は信じられない思いでした。数日前まで船橋オートでお話をしていたし、何より自分の人生にも大きな影響を与えてくれた人物です。当時の喪失感は言葉を絶するものでした。
 
 あれからもうすぐ11年の歳月が流れようとしています。そちらの世界ではどのようにお過ごしでしょうか。オートレース界ではその後もさまざまなタイプのスター選手が頭角を表していますが、片平さんほどの華麗な走りを見せる選手は稀なような気がします。叶わぬ願いとは分かっていますが、もう一度、片平さんの芸術的な走りに心を震わせたい思いです。
 
 片平 2.JPG
 
文/高橋

 

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