挫折から栄光めざせ! 黒川京介

2026年01月30日

黒川京介2026写真2.jpg

 「あーっ!!」という悲鳴がレース場内に響く。白い勝負服を着た黒川京介選手のタイヤが空回りして白いスモークが上がった。


 2025年12月31日の川口オート12R。スーパースター王座決定戦で断然の1番人気に推された黒川京介選手。トライアル4戦を(1)(1)(1)(1)着とパーフェクトな成績。連日のトップスタートから後続を寄せ付けぬ独走で、No.1の青山周平選手でさえ、エンジン的に差をつけられている雰囲気で「黒川一色の大会」になるムードだった。


 そして、迎えた大一番。本番のスタートで空回りから遅れてしまい、懸命に追い上げるも3着が一杯。トップスタートを切ったNo.1青山周平選手が逃げ切り、大会最多となる6度目のスーパースター王座決定戦制覇となった。


 黒川選手には色々な記録がかかっていた。もしスーパースターを勝てば、高橋貢選手の持つ年間最多優勝18回に並び、2025年賞金王、2025年最優秀選手賞(MVP)が決まるところだった。

 しかし...スタートの空回りですべてが煙と消えた。

 そして、一心に浴びたファンの期待を裏切ってしまった。

 自分のロッカーに引き上げてきた黒川選手は顔面蒼白で茫然自失。記者のインタビューにも「力が入ってしまった。まだまだですね...」と答えるのが精一杯だった。


 ファンも記者もみんなが分かっていた。「空回りさえしなければ黒川が勝つ」と。しかし、一番大事な本番で空回り。2年連続でミスしてしまった。


 普段から黒川選手を取材している私としては、本当にスーパースターを取って欲しいと心の中で思っていた。ただ、トライアルが完璧だっただけに、逆にどんどん不安になっていた。
 順調すぎる...と。野球に例えるならば、自分のチームのピッチャーがノーヒットノーランを続けていて、本人よりも周りの方が気を使って声をかけづらくなる、のような空気感だったような気がする。


 2025年のスーパースターが終わった2日後、年明け2026年1月2日の正月開催に出場が決まっていた黒川選手は、気持ちを入れ直して出走し、見事に完全優勝した。


 優勝の表彰式では「前回の最終日が申し訳なさ過ぎて今節お客様に合わせる顔がない。ちょっと今節来たくなかったんですけど...でも、2日目が中止になって、お見送りをした時に、いつも車券を買ってますとか、今年は頑張れよ、とたくさん声をかけていただいて、凄く前向きにレースをすることができました。本当にありがとうございます」と心境を吐露していました。


 そして始まった2026年の目標として「勝ちたいという気持ちが強くなればなるほど、結果が出なかったので、人間的に気持ちを入れるというより、いつも通りで行こう」「メンタル的な部分が強くなれればと思います」と前を向いた。


 現在No.1の青山周平選手やダブルグランドスラマーとして君臨した永井大介選手も、究極に追い込まれたメンタルに、本当に強くなる直前は事故を多発していた時期があった。ビッグレースでそれを乗り越えて優勝した時、唯一無二の強さを身につけていった。


 黒川京介選手はスピード、スタート力ともにトップの技術はもう十分に持ち合わせている。あとは大舞台で失敗しないメンタルのみ。数年後には「黒川もミスしていた時期があったな」と、思い出話としてされる日がくる。2年連続空回りの敗戦から立ち直り、全国No.1に輝く日がすぐそこまできているハズだ。


黒川京介2026写真.jpg

文/金子

 

2025年12月を振り返る

2026年01月23日

 
 12月で一番最初に行われた優勝戦は、新走路になって初めての開催となる浜松オートだった。ここでは地元のエース・鈴木圭一郎がしっかりと調整を合わせて優勝した。気温は18度、走路温度は21度と、そこまで冷え込んでいなかったが、タイムが出やすい新走路で試走26をマークした。レースは若手の栗原佳祐が速攻を決め、その後、鈴木宏和が交わして先頭に立ったが、鈴木圭一郎が見事なレース運びで勝利を勝ち取った。新走路への対応力の高さを見せつけた。
 
 3日に行われた山陽ミッドナイトの優勝戦は特に注目が集まった。ミッドナイト開催では参加選手数が少なく、更に言えば地元選手のあっせんが多いものだが、この優勝戦には佐藤励と黒川京介が乗っていた。結果は佐藤励に軍配が上がった。黒川京介は佐藤励の内枠だっただけに、なにがなんでも勝ちたかったところだろう。そして、その後の川口ナイトレースの優勝戦では再びこの両者が激突した。この戦いでも内枠に置かれた黒川京介は、速攻を決めて先頭に立つと追い込んできた佐藤励に大差をつけて優勝。見事に雪辱を果たすことができた。
 
 7日に行われた飯塚ミッドナイトの優勝戦は36期の浜野翼が優勝した。2級車時代は優出すらなかった浜野翼だが、2025年1月から1級車に乗り換わると、その優勝で3度目の栄冠となった。これまでにも1級車に乗り換わってから見違える成長を見せる選手は多くいたが、浜野翼もその一人と言える。
 
 10日に行われた山陽昼間開催では38期の植村愛悠斗が初優勝を決めた。初めて優出した8月の川口では7着と苦戦したが、地元での開催で優出した植村愛悠斗は0ハン単騎からペースを保って逃げ、最終コーナーで迫ってきた小栗勝太の差しをこらえて最高の結果を残せた。植村愛悠斗は養成所時代、優秀賞を獲得し、その将来を嘱望されていたが、デビューして一年以内に期待に応えてみせた。走りのセンスだけではなく、強靭なハートを持っているようなので今後も楽しみな一人。
 
 その同期の竹尾竜星は大みそ日の飯塚ミッドナイトで優勝。これは自身2度目となる優勝で、昨年末までの時点で言えば38期の中で最も多い優勝回数。デビュー後は重走路での勝利はあったものの、良走路ではなかなか結果が出せないでいたが、約半年後の7月に良走路で初勝利を挙げると、8月以降は急成長を見せていた。もう1年、2級車での戦いになるが今年も快速ぶりを発揮してくれるだろう。
 
 高橋義弘.JPG
 ↑高橋義弘選手
 
 12月に行われた記念レースは伊勢崎G2レジェンドカップと浜松G1スピード王決定戦、それに年末のスーパースター王座決定戦だ。レジェンドカップでは高橋義弘がG2開催で初優勝し、記念タイトル獲得数を5に伸ばした。スピード王決定戦では鐘ヶ江将平が記念レース初制覇となった。スーパースター王座決定戦は青山周平が同大会6度目の優勝で幕を閉じた。まだまだ青山時代は続いていきそうだ。
 
文/高橋
 

 

第39期生卒業式

2026年01月16日

 
 
 2026年1月8日に茨城県にあるオートレース選手養成所で第39期生の卒業式が行われました。式ではJKA会長の挨拶や、オートレース養成所第39期生代表の答辞などが実施されました。晴れて選手となった13名は、各レース場に散らばり、早ければ1月14日の浜松開催からデビューとなります。
 
 最優秀賞を受賞したのは飯塚所属となる小林右京選手で「最優秀賞に選んでいただき大変光栄に思います。ここまで諦めずに走り続け、成長することができたのは、日々共に生活し、切磋琢磨し、高め合うことができた同期の存在があったからです。また、この環境を与えてくださった多くの方々のおかげでもあり、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。今後も養成所で学んだ経験を活かし、日々努力し、一走一走全力で頑張ります。39期の応援をよろしくお願いします」。と、大きくて力強い声で答辞を述べました。
 
 最優秀賞.JPG
 
 最優秀賞の小林選手にお話をうかがいました。「(デビュー戦を控えて)まだ卒業したばかりで、選手としてこれから頑張っていくというところですが、デビュー戦は自信があります。(選手を目指した理由)大学まで自転車競技をやっていて、卒業後はサラリーマンになったのですが、なにか物足りなさを感じていました。それで、オートレースを見に行ったら衝撃を受けて...。音の迫力がすごかったし格好いいなって思いました。(最優秀賞について)養成所に入る以上は、そこを目指して頑張りました。タイムとかだけじゃなくて、素行とかいろいろな面を含めて判断していただいたのだと思います。(どんな選手になりたいか)いろんな方から応援される選手になりたいです」
 
 落合と小林.JPG
 ↑左が落合春翔選手、右が小林右京選手
 
 優秀賞の落合春翔(はると)選手にもお話をうかがいました。「(デビュー戦を控えて)緊張はしていますが、自分の夢見た舞台なので緊張半分、楽しみ半分です。デビュー戦に向けては自分のやってきたことを出し切るだけです。(選手を目指した理由)川口や伊勢崎でやっているポケバイ体験に参加したのですが、将来はあの大きなバンクで走りたいと思うようになりました。(どんな選手になりたいか)トップで戦える選手です。目標としているのは黒川京介選手や佐藤励選手です」
 
 養成所ではまず、選手として必要な基礎体力や気力の養成を主体に訓練を行います。そして、団体生活に慣れていきながら規律維持の徹底、公営競技選手としての品性醸成のための精神鍛錬、走行技術向上の自己研鑽などを行います。その後は体力訓練や競争車の整備、エンジン始動の要領、乗車姿勢の基本などを学んでいきます。走行訓練では合計6695周回をこなし、その内、雨天走行訓練は590周回をこなしたそうです。また、全国的に消音マフラーを装着したレースが増えているので、消音マフラーを装着した走行訓練を例年以上の約1ヶ月間実施しています。こうした訓練をやり遂げ、晴れて選手となります。

 39期は全部で13人。どのような走りを見せてくれるのか、そのデビュー戦は大注目です。
 
 文/高橋


 

2026年 37期が1級車乗りで変身

2026年01月09日

田中崇太.jpg

村田光希.jpg

 2024年1月にデビューした37期が2級車から待望の1級車に乗り換わっての新年開催。13連勝を挙げて、華々しいデビューを飾った浅倉樹良は2025年は1度も優勝できずに終了。反面、福岡鷹が25年4度の優勝で通算Vは8となり断トツの成績。昨年の11/28には『37期新人王決定戦』(優勝戦ではない)が飯塚オートの12R(ナイター開催)で行われ、人気の福岡が痛恨のF。伏兵・村田光希がレーサー人生で1度しかない栄冠を勝ち取る。2着には森下輝、3着は福岡鷹、浅倉樹良は4着という結果に。

 年が開けて、元旦から山陽オートでミッドナイトが行われたが、田中崇太が4日間勝ちっぱなしの完全Vで自身初の優勝を成し遂げた。2級時にも何度か初Vチャンスはあったのだが、準優勝止まり。そして、1級車で初日勝つと2日目は濡れ走路を克服し2連勝。準決は試走29秒、本走36秒と文句ない内容で勝ち、優勝戦へ。10m後ろに同期の村田光希を従えて試走タイムは3.28秒。単騎0ハンの田中崇は1度も抜かれることなくゴール。特筆すべきは本走タイム3.352秒と、自己時計を大幅に更新。さらに村田は3.350秒とこれまた凄いタイムを出した。これからは徐々にハンデが重くなり、捌きを勉強していくのだが、逃げるのと捌くのはグリップワークや状況判断(レース足)など、さまざまな要素が違ってくる。優勝して自信は付いているハズ。あとは師匠や同期、または先輩にアドバイスをもらって、スポンジのごとく吸収して自分のモノにしてトップレーサーへ登って行くのみ。

 1/7の飯塚ナイターでは福岡が一番人気に応えられず、3着という結果だった。(優勝戦の詳細は当サイトの優勝戦回顧をご覧ください)

 2026年は37期がS級レーサーへ、ホップ・ステップ・ジャンプの年になるのか、見守って行きましょう。

《37期・1級車デビュー節の成績》データは26年1月7日終了時点

・田中崇太(山陽ミッドナイト)...初日 1着 2日目 1着 3日目 1着 優勝戦 1着 最高タイム3.352
・村田光希(山陽ミッドナイト)...初日 1着 2日目 1着 3日目 1着 優勝戦 2着 最高タイム3.350 
・福岡 鷹(飯塚ナイター)  ...初日 1着 中止(2回乗り) 2日目 1着 優勝戦 3着 最高タイム3.355
・森下 輝(浜松デイレース) ...初日 4着 1着(2回乗り)2日目 2着 3日目 3着 4日目 1着 最高タイム3.389
・石橋啓士(飯塚ナイター)  ...初日 1着(F)中止(2回乗り) 2日目 1着 3日目 1着 最高タイム3.431
・佐藤智也(川口デイレース) ...初日 2着 2日目 中止 3日目 1着 4日目 1着 最高タイム3.412
・北市 唯(浜松デイレース) ...初日 1着 2日目 1着 3日目 5着 4日目 2着 最高タイム3.423
・滝谷 圭(山陽ミッドナイト)...初日 4着 2日目 6着 3日目 1着 4日目 1着 最高タイム3.400
・丹下昂紀(山陽ミッドナイト)...初日 5着 2日目 6着 3日目 3着 4日目 3着 最高タイム3.434
・山口航太(川口デイレース) ...初日 8着 2日目 中止 3日目 7着 4日目 4着 最高タイム3.469

※菅原すずのは私病により未出走
※浅倉樹良は伊勢崎G1シルクカップ(1/8~12)に出場します


(文/中村)

 

 

車名の由来 10

2026年01月02日

 
 
 相馬康夫...Vモンキー。「『モンキーターン』が好きなのと、息子がボートレーサーをやっているので。アニメが好きなんですよ。『イニシャルD』とか『モンキーターン』とか。息子のレースも見てるけど、速くなりそうな時に事故を起こしたりとか...。A2くらいまではいっているみたいですけどね」
 
 野沢守弘...サンタナ。「カルロス・サンタナっていうメキシコのギタリストの名前からです。若い時に好きだったんですよ。歌もちょっと歌っているけどギタリストですね。いい曲があって、よく聞いていたので付けました」
 
 アッチェル.JPG
 
 矢野正剛...アッチェル。「自分は中学、高校とブラスをやっていたんですけど、楽譜に出てくる記号の一つなんですよ。正式名称は『アッチェレランド』とかそんな感じなんですけど、楽譜上にはアッチェルって書いてあるんですよ。それで、意味はだんだん速くとかどんどん速くとか、そういう意味なんです。元々、自分は最初すごく遅かったので、だんだん速くなれればいいかなって感じです」
 
 北爪勝義...カスケード。「マキバオーのライバルの馬の名前です。当時、好きでその漫画を読んでいました。牧野が『マキバオー』って車名を付けていたので、そんなんで自分はこっちの名前を付けました。このエンジンに乗ってからずっと調子がいいんですよ。ただ、消音マフラーだと全然乗れないんですよ。調整はしているんですけど、なかなかいい所が見つからないんですよ。伊勢崎所属だと消音マフラーで走る回数が少ないので難しいですね」
 
 笠原光義...Kエベル。「エベルっていうのは昔から付けていて、昔お世話になった人の関連の車名なんです。Kはエンジン替わった時に『かさはら』のKを付けました。エベルには意味もあるんですよ、どっかの国の言葉で、日本語に訳すとそれなりの意味があるんです。英語ではないんですよ」
 
 増田伸一...カグラ。「アニメの忍たま乱太郎に出てくる『かぐらちゃん』から取りました。当時、子どもが付けてくれたんですよ。だいたい、3文字って決めているんですよ。前も『アラシ』でしたし、ただそれだけです」
 
 伊藤幸人...Eランスー。「何の意味もないです。ただ、呼んで字のごとく『いい乱数』です。乱数ってよくゲームで使う言葉なんですけど、調整とかセッティング面でもいい乱数が出ればいいかなって。Eっていうのは『良い』って意味のいい、に掛けてるんです。今はなかなか、いい乱数は出ていないですけど、まあ、最近は出つつあるかなって感じです」
 
 亀井政和...キャメロン。「キャメロン・ディアスが好きなんですよ。あとは自分の名前の『亀』からキャメになって、それにロンを付けたっていうのもあります。女優のキャメロン・ディアスももちろん好きですけどね」

 

1

最新記事

月間アーカイブ