おかえり小牧太騎手!園田への復帰初戦を初勝利で飾った日と、懐かしい面々との再会
2024年08月19日
いよいよこの日がやってきた。
園田・姫路競馬で8年連続10回のリーディングに輝き、2004年にJRAに移籍した小牧太騎手が古巣へ復帰するのだ。地方復帰を望んでいることが発表されたのは今年4月。地方競馬全国協会の騎手免許試験を一から受けて7月19日、合格の報せが届き、8月1日付で地方騎手となって帰ってきたのだった。
復帰初日となった8月14日はお盆開催ということもあり、開門時刻が早められた園田競馬場。入場門へと続く道には「おかえり!!小牧太」の横断幕が掲げられた。
今か今かとファンが待ちわびた復帰戦は園田2レース。35℃を超える暑い中でも多くのファンがパドックに詰めかけ、ここにも横断幕が張られていた。よく見ると、阪神競馬場や京都競馬場での掲出許可シールが何枚も貼ってある。あとで小牧騎手に聞くと「20年近く前から張ってくれている横断幕で、今はJRAでは横断幕を張れなくなっているので、懐かしいなと思って見ていました」という年季モノ。
パドックに現れた小牧騎手は、単勝1.2倍の1番人気に支持されたエイシンジェットに騎乗。3カ月半の休み明けでもこれだけ人気を集めたのは、小牧騎手への期待も込められてのことだろう。
「応援の声が、"親父"の声が、僕にも届いていました」と、オールドファンの野太い声援を背に復帰戦へと向かっていった。
注目の一戦は、好スタートから2番手外につけ、4コーナーではスーッと脚を伸ばした。懐かしい勝負服が先頭に並びかけると、スタンドからは「小牧!」という声援。逃げ馬との追い比べを直線で制すると、最後は1馬身抜け出して拍手に包まれる中、復帰初騎乗初勝利を決めた。
「なんでうちの厩舎が復帰初戦やねん(笑)。2戦目とかの方が気が楽やったのに」と、大役のプレッシャーを感じていたのは騎乗馬を管理する渡瀬寛彰調教師。そんな冗談を言いつつも、喜びの表情でいっぱいだった。というのも、「調教師になって初めて乗ってもらえて嬉しいです。厩務員時代には乗り替わりでよく勝ってくれたんです」という思い出があったからだった。
小牧騎手は「馬がすごく余裕で交わしたけど、半馬身前に出たところで急にソラを使ってやめてしまって、必死に追いました」と汗を拭うと、この日の朝、栗東トレセンで調教に乗ってから駆け付けた長男・加矢太騎手や長女・ひかりさんらとともに口取り撮影に収まった。
そして、ウイナーズサークルで行われた勝利騎手インタビューには「実況の神様」と呼ばれ、ギネス世界記録に認定された吉田勝彦アナウンサーが登場。コロナ前は毎年秋に小牧太カップのプレゼンターとして来場した際に共演はあったが、地元ジョッキーとして吉田アナウンサーから勝利騎手インタビューを受ける姿を見て、ロードバクシンなどで園田競馬場が大いに盛り上がっていた時代を思い出したファンもいたのではないだろうか。
「吉田さんも87歳で元気ですよね。長生きしてほしいです。10代から知っていて、摂津盃で初めて重賞を勝った時の『小牧は必死だ』という実況がいまだに印象に残っています」
そんな"小牧太旋風"で大盛り上がりの園田競馬場にもう一人、懐かしい顔があった。元JRA調教師の小桧山悟氏だ。「今日は小牧の日でしょ。撮りにきました」と、こちらも地方復帰を楽しみにしていたようで、2008年日本ダービーをスマイルジャックで2着だったコンビが園田で再会した。
待っていたのは身内もだった。弟で元騎手の小牧毅調教師は自宅で勝利を見届けたのち、園田競馬場にやってきてこう話した。
「やっぱり強い馬に乗ったら勝てるね。安心して見ていられました。いま目標があって、重賞の園田オータムトロフィー(10月10日、3歳、園田ダート1400m)をウインディーパレスと(小牧)太くんとで勝つこと。勝ったらね、二人で十三(大阪の繁華街)に行こうかな」
写真は2016年秋の小牧太カップの時のもの。このツーショットが夜の十三で見られる日も近いのかもしれない。(左が弟・小牧毅調教師)
さて、この日は計5鞍に乗って、1着、3着、4着、10着、8着。
「1日5鞍の騎乗がベストかな。集中力を切らしたくないので、これがいまの自分に合った騎乗数。目標は60歳まで騎手を続けることで、太く短くいきたいです。
調教は今朝で9頭に乗りました。JRAでは元気なのに1~2頭だけの調教で、今の方が体も動いていいし、自分には合っています。調教は任せてくれるので自分で考えてやることができて、走ってくれたらいいなと思いながらJRA20年を含め騎手を40年近くやってきたことを交えてやっていて、すごく楽しいです」
とにかく、乗りたかったのだ。調教もレースも、まだまだ乗れる体力も技術もある。だから、その機会がより多いであろう古巣への復帰を望んだのだ。
他にも、外から園田・姫路競馬を見ていて感じていることがあった。
「売り上げが伸びていて、特に高知競馬が盛り上がっているなと思っていました。高知があれだけ盛り上がるなら、立地的に園田はもっと盛り上がっていいんじゃないかなと考えていました。
また、園田をよく買うファンから『レースがワンパターン化して面白くない』という声を聞いていました。僕自身は強い馬が勝ったらそれでいいなと思うけど、僕が入ることで変わって、また面白いレースができたらいいんじゃないですかね」
似た思いを抱いていたのは、所属厩舎の中塚猛調教師もだった。
「(小牧)太をきっかけにオールドファンがまた戻ってきてくれたら嬉しいし、全国の地方競馬が活性化してほしいね」
その実現に向けて、小牧騎手はこう話す。
「園田で乗るだけじゃなくて、盛り上げていくことにたくさん僕を使ってもらったらいいです」
だからこそ、ファンにこう呼びかけた。
「5~6年燻っていたのを園田で鬱憤を晴らしたいと思っています。頑張るので、ぜひまたこれくらいのお客さんが来てくれたら嬉しいです。暑いですけど、園田競馬場まで足を運んでください」
ここから始まった小牧太第三章は、自身の活躍だけでなく、古巣の再興もかけた日々となりそうだ。
文/大恵陽子