地方競馬ドキドキコラム

「ユタカさんが乗ると、別馬みたい」武豊騎手のアレンパに盛り上がった園田・ゴールデンジョッキーカップ

2024年10月01日

今年もゴールデンジョッキーカップ(GJC)がやってきた。通算2000勝以上の名手による戦いで、昨年覇者の武豊騎手(JRA)のほか、地方復帰した小牧太騎手が兵庫所属としては21年ぶりの出場。検量室付近はあちらこちらで名手を中心に輪ができ、話に花を咲かせた。





今年の初出場は笹川翼騎手(大井)。まだ30歳で、今年7月の地方通算2000勝達成は大井所属騎手として史上最速だった。


「同期で"ゴールデンジョッキー"って、勝ちすぎでしょ」と笑ったのは、兵庫の井上幹太騎手。彼らはともにデビュー12年目。単純計算でも年間150勝以上を毎年続けなければ到達できない。ましてやそれが激戦区の南関東なのだから、同期の井上騎手がそう言うのも無理はない。





また、元気な姿を見られて嬉しかったのは、2年ぶり2回目の出場の山本聡哉騎手(岩手)。昨年、中指に悪性肉腫が見つかり、手術を受けた。騎手は手綱を通して馬とコンタクトを取る。指の手術では腱や神経、毛細血管などにも影響が及ぶため、繊細な感覚が損なわれないか、不安も大きかったことだろう。


「リハビリを始めたばかりの頃は力が上手く伝わらなくて、自分の指なのに棒みたいでした。『どうやって動かすんだ?』と思いました」


そこから復帰の過程では体全体のトレーニングも強化し、筋肉量は手術前よりアップ。小柄な体型を生かして以前から騎手の中ではマッチョだったのだが、腕や胸がさらにパンプアップした印象を受けた。


もう一つ、思わぬ効果もあった。それはいい意味で息抜きができたこと。高いレベルで結果を求め続けられるトップジョッキーゆえ、気づかぬうちに精神的に追い詰められていたようで「休んでみて『あ、神経がすり減っていたんだ。しんどかったんだ』と気づきました」とスッキリした顔で振り返った。





その横でひときわ人だかりができていたのはレジェンド・武豊騎手。昨年は12年ぶりの出場で優勝を決めると、夜は甲子園球場に行き、阪神タイガースの18年ぶりリーグ優勝を見届けた。当時流行った優勝を意味する隠語「ARE(アレ)」にちなみ「今年は"アレンパ"を目指します」と笑った。


そこに小牧騎手がそこに加わると、大撮影会がスタート。古巣・兵庫に復帰した小牧騎手と、というのがまたたまらない。





小牧騎手とすれ違った森泰斗騎手(船橋)がふと「小牧さん、シュッとしました?」と驚いたように、古巣への復帰直前から週中はお酒を抜き、「3キロ痩せて、体が軽いわ」と本人も違いを実感。


第1戦はその小牧騎手が単勝1.6倍の1番人気に支持された。騎乗するリケアヴェールは兵庫移籍後2連勝中。強いて不安点を挙げるとすれば、最初のコーナーまでが短い1230mで最内枠が当たったため、万が一にも出遅れて内で包まれることだった。しかし、ロケットスタートを決めて僅かな不安をも吹き飛ばすと、直線はグングン後続を引き離して6馬身差で完勝。





「これってヤラせですか?ってみんなに言われたくらい強かったです(笑)」
と小牧騎手は多くのファンを前に"フトシ節"を炸裂させた。


第2戦は中団からグイグイと脚を伸ばしたベラジオサキと吉村智洋騎手(兵庫)が勝利。





第1戦も3着で暫定1位に立ち、「ここまでは順調かなと思います。隙がないレースで、楽しいですね」と、この日、年間200勝を達成し地元リーディングをひた走る39歳は、大先輩たちとの戦いに刺激を受けていた。





名手たちの騎乗は、負けても「さすが」と唸るレースも多かった。
その一つが第2戦で2着のエイユーマックス。元ジョッキーでもある永島太郎調教師は目を丸めながらこう話す。


「この馬は人を乗せるとチャカチャカしてしまって常歩ができないんですけど、今日は別馬みたいでした。返し馬もいい意味で力が抜けてゆったりと行けていました。これがユタカさんの天才たる所以なんでしょうね」


レース前まで着けていたメンコは武豊騎手がGJC限定で着用したスペシャルウィークの勝負服(臼田浩義オーナー)の柄に合わせたもの。実はコレ、同勝負服をGJCで初めて着ることになった昨年に制作をしていたもののわずかに間に合わず、今年が初お披露目になったのだ。そうした中で馬を一変させての2着は、敗れた中にも収穫があっただろう。





最終戦の第3戦もレジェンド・武豊騎手が魅せた。
1周目スタンド前で徐々にポジションを上げると、直線で差し切り勝ち。その瞬間、園田競馬場は割れんばかりの歓声に包まれた。





勝ったコンドリュールを管理する松浦聡志調教師もこの笑顔。





GJCが始まる前、調教師室がある2階テラスから 「隣の二人とも元ゴールデンジョッキーや。僕は400勝ジョッキーやけど(泣)」と自虐を口にしていたが、調教師としてGJC勝利を収めた。


ちなみにその二人のゴールデンジョッキーは、4100勝ジョッキーでGJC優勝経験もある有馬澄男調教師と、3500勝ジョッキーの木村健調教師だった。


また、ここでも敗れながらも名手ならではのセンスを発揮したのは岩田康誠騎手(JRA)。シフノスに騎乗し、後続を10馬身以上離す大逃げを見せて4着だったのだが、この騎乗に感嘆したのは南関東時代に騎乗経験のあった笹川騎手。


「乗り味がすごくいい馬で、『大井で3連勝できるのでは』と思っていたんですけど、結局勝たせることができませんでした。追うと反抗する面があったり、乗り難しいんです。こういう風に馬の気分に任せて行く形が合っていたんですね」


管理する新子雅司調教師とそう言葉を交わすと、「また東京で」と、2週後に迫った東京盃JpnIIでイグナイターとのレースを楽しみにしながら帰っていった。


3戦の結果、総合優勝は武豊騎手。
戦前の予告通り「アレンパ」達成となり、「タイガースもしてほしいですね」とニコッと笑った。


「今年も全国から素晴らしいジョッキーが集まって、今年は何といっても小牧さんが園田に移籍して、久しぶりに一緒に乗れて嬉しい一日でした」





総合2位は吉村騎手。
「やっぱりユタカさんとは役者が違いましたね。僕の庭まで取っていっちゃうと、さすがに出る幕がなくなっちゃって、完敗です」


総合3位はこの日の主役の一人だった小牧騎手。
「一つ勝ててよかったです。川原(正一)さん以外は若いジョッキーとずっと乗ってきたけど、今日はユタカくんが来てくれて、ホッとしました。たくさんのファンが来てくれて、園田もいいなと思いながら乗っていました。園田では毎週3日、競馬をやっているのでぜひみなさん来てください」





最後に、ゴールデンジョッキーを支える人たちの話も。
サポートの一つにバレットという仕事があり、騎乗に向けて必要な物を準備したり、レース後は次の騎乗へスムーズに向かえるよう道具を綺麗にするほか、時にはジョッキーがメンタルを整えられる環境も作っている。
森騎手とこの日、園田競馬場に来たバレットもその道のプロで、ともに戦ってきた。その彼がこの日、着ていたポロシャツには「V2300」の文字が。





「通算2300勝を達成した時の記念品で、森さんから『いつの着てるの(笑)』と言われました。これ以降の記念品がたまたま冬仕様で、暑い日に着られるのがこれしかなかったんです。」


調べてみると、2018年7月の達成。約6年であっという間に2000勝を積み上げたことに驚くとともに、その活躍を彼がサポートしてきた証でもあるのだろう。



文/大恵陽子

 

地方競馬の格付け

2024年09月28日

 今年の夏、高知競馬では8月上旬から9月上旬まで、馬場改修と暑熱対策のため約1カ月の休催があった。
 明けて競馬が再開されたのは9月7日だが、普段は4月と10月に実施される、格付けの再編成がこのタイミングで行われた。
 
 中央競馬でもかつては4歳夏に収得賞金(番組賞金)を半分することによる、いわゆる"降級"があり、さらにもっと以前には4歳夏、5歳夏と、2度の降級があった(年齢はいずれも現在の表記)。しかし2019年からはその降級制度がなくなり、中央競馬ではクラスが下がることがなくなった。
 一方で地方競馬では、競走馬資源を安定的に確保するため、どの主催者にも番組賞金の見直しによる"降級"がある。
 わかりやすく言うと、能力の衰えた馬にも勝つ(もしくは上位入着)機会が得られるよう、クラスを下げるというもの。
 これによって、能力の衰えた馬でも長く現役を続けることができる。
 これはファンにとってみれば、予想の際にとても重要なポイントになる。上級クラスから下級クラスに降級した馬は勝つ可能性が高く、馬券の狙い目となるからだ。
 
 高知競馬では過去2年の収得賞金でクラス編成が行われ、前述のとおり(今年のような例外を除いて)年に2回、4月と10月に再編成が実施される。
 今年はそうした特殊事情があったため、昨年度の例で具体的に説明すると、2023年4月1日から9月30日の開催では、2021年4月から番組編成日(出馬登録する日)までの収得賞金によって格付けが行われる。そして10月1日から翌年3月31日までの開催では2021年10月1日以降の賞金で格付けが行われるので、2021年9月30日以前の賞金はカットとなる。
 極端な例では、中央で過去に重賞をいくつも勝ったような馬でも、2年間掲示板外の成績が続いたあとに高知に転入すると、収得賞金はゼロで最下級条件のC3からのスタートとなり、そういう馬は連戦連勝という可能性が高い。
 中央の重賞勝ち馬ともなると、さすがにまれな例だが、賞金が高くなった今の高知では2勝クラスや3勝クラスで頭打ちとなった馬の転入はめずらしくない。
 高知では年に2回、そうしたクラス編成によって一気に格付けが下がる馬がいるので、そうしたところが馬券の狙い目になることがある。
 
 ばんえい競馬も過去2年の収得賞金によって格付けされるが、再編成は年に1度。
 ばんえい競馬は格付けだけでなく、4月から翌年3月の年度単位で番組が組まれていて、開催が進むごとに格付けごとの基礎重量(ソリの重量)が重くなっていき、4月の年度替わりでリセットされる。
 わかりやすいところでは、古馬の主要重賞ではシーズン当初のばんえい十勝オッズパーク杯が720kgから始まって徐々に基礎重量が重くなり、1月の帯広記念の基礎重量が890kg、そしてクライマックスのばんえい記念は定量1000kgとなる。
 収得賞金では、5歳4月の開幕を迎えた時点で2歳シーズン(2歳4月から3歳3月まで)の賞金がカットとなり、6歳4月には4歳3月以前の賞金がカットとなる。
 それゆえ5歳以上の馬では4月の開幕時に格付けが下がる馬がいるので、そのあたりが馬券の狙い目になる。4月から5月あたりのシーズン当初は格付けの下がった馬には注意しておきたい。
 
 これらの格付けルールは主催者ごとにさまざまで、多くが収得賞金によって格付けが行われているが、やや特殊なパターンとしては、兵庫(園田・姫路)のように5着以内の着順に応じたポイントによって昇級/降級を行っている主催者もある。
 兵庫の着順ポイントによる格付け修正は、奇数月(2カ月ごと)に行われるため、急激な昇級/降級はあまりないものの、頻繁にクラスの移動が生じるので、馬券検討の際には注意しておきたいところ。
 なお兵庫の格付けについて説明すると、たいへんなスペースを要するので、興味のある方は公式サイトの番組要項をご覧いただきたい。
 
文/斎藤修

 

飛田愛斗騎手の始球式に密着!オッズパークドキドキスペシャルJBC2024佐賀

2024年09月12日

9月6日(金)に「みずほPayPayドーム」(福岡ドーム)で実施された、福岡ソフトバンクホークス対埼玉西武ライオンズの試合は、オッズ・パーク株式会社が協賛する「オッズパークドキドキスペシャル」として実施。


外野席の上に広がる巨大な電光掲示板には「OddsPark」のロゴ、そして11月4日に佐賀競馬場で行われる「JBC」の広告がたくさん表示されました。


「協賛試合」におけるメインイベントのひとつが「始球式」。
今回は佐賀競馬所属の飛田愛斗(ひだ・まなと)騎手がその役を担うことになりました。


当日は試合開始の3時間以上前に到着。
さっそく、この日のために作られた「オッズパーク」のロゴ入りの勝負服に着替えて、15時30分に移動を開始。
佐賀競馬から誕生したアイドルグループ「UMATENA」、佐賀競馬のキャラクター「パッカルくん」、そしておなじみの「マキバオー」と一緒にドームの前で集合写真を撮りました。


球場は開門前。
写真の撮影場所に近いところから外に出ると、すかさず開門待ちの人たちのなかから「あっ、飛田ジョッキーだ」という声が聞こえてきました。
そしてこどもたちからは「マキバオ~~~」と呼びかけが。
UMATENAは今年の春に活動を開始したばかりですが、UMATENAのユニフォームを着ているファンが来ていました。


帰り道もマキバオーは大人気。
こどもたちと"ロータッチ"しながら球場内に戻り、しばらく休憩となりました。
この日は"晴れ・良馬場"で、湿度が高いコンディション。まだ試合開始まで2時間以上ありますからね。
体力は温存しておかなくちゃ。


飛田騎手もしばらく休憩。
「なんかちょっと体調がイマイチ」と言っていたのは、今にして思えば、普段とは違う場所で勝手がわからなかったことによるアウェー感のためかもしれません。それでも少しの時間を使って、週末に備えてレース映像を確認。
研究熱心なところを見せていました(調整ルーム入室前なので、スマートフォンを使用してOKです)。


「同じレースに出る、僕が乗らない馬の走りを確認しました。佐賀だけではなく、ほかの競馬場のレースも見ますよ。そのときは主に、ジョッキーがどういう乗りかたをしているかという視点で見ます。あと、この時期はJRAから移ってくる馬が多いので、それも確認しますね。移籍馬はレースのことをよく分かっていなかったりするので、そういうタイプは佐賀でしっかり乗れば化けることもあります。そういう意味で、楽しみがある時期といえますね」


ただ、いつもの"明るい飛田騎手"の表情にはまだ遠い感じ。
控室にお弁当が届きましたが「食欲ないです」と言って、目を閉じて休むことに......


しかし30分後。
筆者が「そろそろ肩慣らしの時間ですよ」と言うと、エンジンに火が入った様子。
筆者が持参したグローブをはめて、投球練習会場であるライトポール際の倉庫に向かうときにはヤル気十分!


「中学では野球を3年間やっていて、ポジションはセカンド。投手の経験はないですね。球場でボールを触るのは7年ぶりですよ」
という飛田騎手の球筋は、なかなかシャープ。
さすが野球経験者。


「体が覚えているもんですね」
まずは立ち投げでキャッチボールを10球ほど。そして筆者が座って"本気投げ"を5球ほど。
1回だけショートバウンドがありましたが、そのほかの球はストライク。
おそらく100㎞/h前後は出ていたと思います。


さらに硬球ですからね。キャッチャーミットを持ってきておいてよかった(笑)。
飛田騎手の後ろで見守っていた球場関係者も「おおっ」と唸っていました。
この投球練習を写真や動画におさめていなかったのが残念。


ウォーミングアップを終えた飛田騎手は、「これでズバッといけると思います」と、テンションが上がってきた様子。
「やばい、緊張してきた」という冗談(?)も。さあ、その勢いでいざグラウンドへ!


17時35分に3塁側ベンチ横の扉が開き、UMATENA、パッカルくん、マキバオーとともに、人工芝の上を歩いてセカンド後方に整列。
スタジアムDJから紹介を受けてマイクを渡されると「佐賀競馬の飛田愛斗です。地方競馬のことをもっと知ってもらえたらうれしいです。今日はよろしくお願いします」


と力強くあいさつ。
その後はいったんホームベースの後方に戻って、登板まで待機です。
飛田騎手の至近距離にはホークスのベンチ。
「兄と姉が大分の明豊高校に行っていたので、(明豊出身の)今宮健太騎手に注目しています」と話していましたが、その姿は見えたかな?


フィールド内ではオープニングセレモニーがスタート。
ハニーズのダンスのあと、佐賀競馬場とオッズ・パークから、ホークスの小久保裕紀監督、ライオンズの渡辺久信監督代行に花束が贈呈されました。


続いてホークスのベンチからスタメンの選手が続々とフィールドに登場。飛田騎手の登場の時も近づいてきました。


そして試合開始2分前。
担当者に誘導されて、ゆっくりとマウンドへ。


DJに再び紹介されたところで投球OKの合図。
セットポジションからゆったりとしたフォームでのファーストピッチは......
なんとまさかの、ホームベースのはるか手前でワンバウンド!!!
でもキャッチャーの甲斐拓也選手のミットには、そのワンバウンドだけでおさまった形。
だからボール自体の勢いは十分にあったと思います。しかし飛田騎手は微妙な表情。


「甲斐選手の目ヂカラが強くて、それにちょっとビビってしまいました。足を上げたところでコントロール重視にしようと切り替えたんですけど、まさかワンバウンドとは。これ、テレビ中継されているんですか?」
ハイ、残念ながら場内のテレビではバッチリと放映されていました。
でも地上波とネット中継は放映時間が「18時00分~」なので、もしかしたら???


マウンドから降りると、投げたボールを甲斐選手から受け取って、一礼をしてグランドから退場。
その奥の通路でスポーツ紙の記者さんの囲み取材を受けました。


「投げさせていただいたことに感謝しています。競馬とは違った緊張感がありました。マウンドにはビシッといくつもりで行ったんですけど、ストライクを狙って少し力を抜いたら、力の加減を失敗してしまって......。もっと思い切り投げればよかったです。でも、今回の始球式が佐賀競馬を知ってもらえるきっかけになったと思いますし、11月4日のJBCにも来ていただければうれしいです」 とコメントしていました。


その後はいったん控室に。


「いや~、ワンバウンドか~~~」
と話す姿は悔しそう。
ピッチャーズプレートからホームベースまでの18.44mって、意外と遠いんですよね。
そして球場だと距離感がつかみにくい。このことは(筆者が7月に東京ドームで草野球をした経験から)飛田騎手に話しておいたのですが......。 でも今の気分は良好という雰囲気。
すっかり調子が戻った様子で、控室のお弁当に手が伸びました。


その後は3塁側の通路で、全員そろってのグリーティングに参加。
佐賀競馬場で見たことがある顔もありました。
飛田騎手はUMATENAに負けないくらい写真を撮られていましたよ!


「今日はこのようなイベントに出させていただいて、とても感謝しています。これを機に、地方競馬を知ってくれる人が1人でも増えたらと思います。JBCのレースに乗せてもらえたら、ひとつでも上の着順を目指して頑張りたいですね。当日は佐賀競馬場がどのくらいの人で埋まるのか、それも楽しみにしています」


この日はキャッチャーの後方に「11月4日佐賀競馬場でJBCを開催」の文字が添えられたオッズパークの広告が掲出されて、試合終了まで投球のたびにテレビに映っていました。
九州で唯一の地方競馬をアピールできたのではないかと思います。


グリーティングを終えた飛田騎手は「満喫しました」と笑顔で、翌日と翌々日の開催に備えて競馬場に戻っていきました。
ちなみにその週は2勝をマーク。
始球式を機に、さらなるパワーアップが期待できそうです!



文/浅野靖典

 

【私的名馬録】美しく、強く サダエリコ

2024年09月03日



日本競馬界の歴史に名を刻んだ名馬・競馬ファンの記憶に残る名馬の活躍を競馬ライターたちが振り返る私的名馬録。


今回のテーマは─


競馬を始めたころの馬というのは印象が深いものだ。


中央競馬ファンだった私はそのうち地方競馬の魅力にハマり、ばんえいでアンローズとサダエリコという牝馬が活躍していることを知る。
競馬場で初めて2頭の姿を見たのは2005年だったか。
かわいい良血馬アンローズと、美しいサダエリコ。
私はすっかりサダエリコの美しさに取り憑かれていた。


とはいえ、好きになった理由は細い顔と切れ長の目が"サラブレッドみたい"だから。当時の私はまだ"サラの人"だった。
美しい顔にムキムキとした馬体がくっついているのもたまらない。
障害を力強く越え、末脚が切れる。
美しく、強く。こうありたい、とサダエリコの姿を見ながら、若かった私は心の支えにしていた。


『今年はばんえいを勉強しよう』と思ったのが2006年。
その年の旭王冠賞(旭川)が初めて見たサダエリコの重賞制覇だった。
表彰を受ける金山明彦調教師の姿を『この人がミスターばんえい......』と、まじまじと見つめていた。
ばん馬については何も知らない。あとになって"気性が激しい""背がまっすぐ"と教えてもらう。
鈴木恵介騎手が若い時期に厩務作業を担当していたこと、父ダイヤテンリユウの母トツカワが名繁殖牝馬であることなどの知識が増えていく。


ばんえい存続が危ぶまれていた11月、北見記念のパドックを見ながら考えていた。
サダエリコにアンローズ、シンエイキンカイ......。ばんえいが廃止になれば"馬名"がなくなってただの馬になる。
目の前のサダエリコが、"サダエリコ"ではなくなる----。


当時は競馬場の馬券には馬名が入らなかったので、友人に「場外で全頭の馬名入り単勝馬券を買って」と頼んだ。
今、当たり前のように馬名、騎手名入り馬券を買えることに感謝しなくては、とこの時の馬券を見るたびに思う。
サダエリコは追い込んで3着。
勝ったのはアンローズだった。


引退後は3頭の産駒を残したが、2012年に牧場でハチに刺されて生涯を終えた。
アナフィラキシー・ショックだと思われる。
その時横にいた仔馬がセンゴクエースだ。
1頭のみの牝馬が仔を残せず、サダエリコの血はつながらないのかと思っていたところ、ブラックシシとセンゴクエースの2頭が種牡馬入りした。
センゴクエースの活躍ぶりは言うまでもない。
好きな馬の仔どもが、ここまで結果を残してきたことに驚いている。


サラブレッドのファン時代、何度産駒の活躍を夢見てきたことか。
重賞13勝はばんえいの牝馬最多記録。
センゴクエースは14勝で母を一つ上回った。


最後に個人的な話を一つ。帯広単独開催が始まったころファンとして取材を受け「サダエリコのファンです」と言ったところ「女性に人気のサダエリコ」という話が広がった。
ファンは少なくはなかったが、私の周りはみなアンローズのファンだったし、正直違和感があった。
その時のファンの感覚を正しく感じ取り、伝えていきたいと思う理由の一つである。



文/小久保 友香
OddsParkClub vol.66より転載

 

各地のリーディング 後編(兵庫、高知、佐賀、ばんえい)

2024年08月22日

※成績等は8月19日現在。通算成績は地方競馬全体での数字。それ以外は特に明記のない限り所属場(地区)での数字を示す。
 
■兵庫
 
 近年、兵庫で不動のリーディングとなっているのは吉村智洋騎手。今年も179勝で、2位の下原理騎手(122勝)に50勝以上の差をつけて独走となっている。
 兵庫リーディングでは、2015年に244勝を挙げた川原正一騎手が56歳でトップに立った。その後、16、17年は下原騎手が2年連続でトップ。そして18年に初めてトップに立った吉村騎手が、それ以降ダントツのリーディングを続けている。この間、2位、3位は下原騎手と田中学騎手が争っていたが、田中騎手は23年11月23日を最後に騎乗を休んでいる。
 吉村騎手は、18年は289勝で2位の田中騎手に48勝差、19年は330勝で同じく2位の田中騎手に76勝差、そして20年以降は毎年2位の騎手に100勝以上の差をつけているように、兵庫での吉村騎手の牙城はますますゆるぎないものとなっている。
 吉村騎手は、18、22、23年には全国リーディングにもなって、同時にNARグランプリで最優秀勝利回数騎手賞を受賞している。
 そして近年、急激に成績を伸ばしてきたのが廣瀬航騎手。2001年にデビューし、15年までは年間の勝利数が30に届かなかったものの、16年以降徐々に勝ち星を伸ばすと、21年には初めて100勝を超える103勝を挙げ、兵庫リーディングの5位まで躍進。この年、兵庫若駒賞をガリバーストームで制し、デビュー21年目にして重賞初制覇も果たした。廣瀬騎手はその後も年間100勝超を続け、22、23年は下原、田中騎手に続く4位で、今年は前述のとおり田中騎手の戦線離脱によって3位。デビュー20年を過ぎて完全に上位に定着。今年タイガーインディでは、黒船賞JpnIIIで7番人気ながら3着に好走し、その後、兵庫大賞典、オグリキャップ記念を連勝するなど、重賞での活躍も目立っている。
 吉村騎手は現在39歳。田中騎手50歳、下原騎手46歳、廣瀬騎手40歳で、いずれも吉村騎手より年長だ。若手から吉村騎手の座を脅かすような存在はまだまだ見えてこない。
 ただ今年、小牧太騎手が20年ぶりに兵庫に復帰したことはご存知のとおり。小牧騎手は今年9月7日には57歳となり、川原騎手が最後に兵庫リーディングを獲った年齢よりひとつ上になるが、人気馬への騎乗も多く、吉村騎手のダントツリーディングに影響を与えるほどの存在となるかどうか。同時に、世代交代が期待されるような若手の台頭にも期待したい。
 
■高知
 
 高知では赤岡修次騎手が14年連続年間200勝という、とてつもない記録を2020年に達成した。それ以前の記録は、川崎の佐々木竹見さんによる1964〜76年まで13年連続というもので、じつに44年ぶりの記録更新だった。
 その間、赤岡騎手は高知で不動のリーディング......だったわけではない。2015年以降は南関東での期間限定騎乗など他地区での騎乗で勝ち星を稼いだぶん、地元高知での勝ち星が減ることになり、高知でのリーディングは同年から19年まで永森大智騎手に譲っている。しかしコロナ禍に見舞われた20年は他地区での騎乗が制限されたため赤岡騎手は高知で245勝を挙げ、再び高知リーディングとなった。その年、2位の永森騎手が115勝だから、高知ではいかに赤岡騎手が圧倒的な存在だったかがわかる。
 14年連続200勝という記録を達成した赤岡騎手だが、「記録を意識してからは精神的にもキツかった。数字を気にして乗るのはもういいです、これで最後です」と語り、その後は数字にこだわることはなくなった。
 しかしながら、21年は200勝には達しなかったとはいえ174勝でトップ。22年には宮川実騎手が136勝で初めて高知のトップに立ち、2位赤岡騎手、3位永森騎手。そして23年は赤岡騎手が170勝でトップに返り咲き、2位宮川実騎手、3位永森騎手。今年はここまで宮川騎手が87勝で、赤岡騎手、永森騎手という順位。ここ3年はこの3名がトップ3を占めている。
 一方で近年、若手で急成長してきたのが、19年デビューで現在26歳の多田羅誠也騎手だ。昨年は、高知リーディングでは76勝で5位だったが、他地区での勝利数も合わせると自己最多の93勝。今年はここまで61勝(うち高知59勝)で、このペースであれば単純計算で年間100勝に届く勢いだ。重賞での活躍も目立っており、多田羅騎手がトップ3の牙城に割って入る日もそう遠くはなさそうだ。
 
■佐賀
 
 佐賀では『ミスターほとんどパーフェクト』というキャッチフレーズでも知られる山口勲騎手が2008年以降、不動のリーディングとなっている。23年こそわずかの差で飛田愛斗騎手にトップを譲ったものの、この年は7月から9月上旬にかけて約2カ月、騎乗していなかったため。今年ここまで山口騎手は102勝。2位の飛田騎手(62勝)に40勝もの差をつけて再びトップに立っている。
 近年は、39歳の石川慎将騎手、45歳の倉富隆一郎騎手が年間100勝前後で2位、3位を争っていたが、若手の台頭も目覚ましい。その急先鋒が、2020年10月にデビューした22歳の飛田愛斗騎手だ。
 飛田騎手は、翌21年6月27日に通算100勝を達成。デビューから268日での100勝は、地方競馬における通算100勝の最速記録を更新。またデビューから1年となる21年10月2日までにマークした127勝も、地方競馬の新人騎手によるデビュー1年間の最多記録となった。
 その21年の佐賀リーディングでは、1位山口騎手の196勝に対して、飛田騎手は143勝でいきなり2位。22年は115勝で、山口騎手、石川騎手に次ぐ3位だったが、23年は前述のとおり山口騎手が1年間フルに乗れなかったこともあり、飛田騎手が129勝で佐賀リーディングとなった。
 さらに飛田騎手に続く若手の注目株が、22年4月にデビューした山田義貴騎手だ。そのデビュー年は9カ月で62勝を挙げ、2年目の23年は118勝(うち佐賀では117勝)で、飛田騎手、山口騎手に次ぐリーディング3位となった。
 飛田騎手は21年のNARグランプリで優秀新人騎手賞を受賞し、山田騎手は23年に同賞(この年から最優秀新人騎手賞となった)を受賞。両騎手は佐賀だけにとどまらず全国的に注目となっている。
 なお8月19日現在の佐賀リーディングでは再び山口騎手が102勝でトップ。飛田騎手62勝、石川騎手61勝で、6位の山田騎手58勝まで、2位争いは拮抗している。山口勲騎手は現在54歳だが、今季の数字を見る限り、世代交代はもう少し先かもしれない。地方競馬通算5379勝は、歴代5位、現役3位となっている。
 
■ばんえい
 
 ばんえい競馬は4月から翌年3月までの"年度"で番組が組まれており、またリーディング表彰も年度で行われているので、ここでも年度ごとの数字で比較する。
 ばんえい競馬は2007年度から帯広での単独開催となったが、翌08年度からトップを堅持しているのが鈴木恵介騎手だ。
 2位、3位はほぼ毎年のように入れ替わっていたが、近年鈴木騎手を脅かす存在になったのが阿部武臣騎手。15、16年度に連続で5位に入ると、17年度には鈴木騎手167勝、阿部騎手164勝と、わずか3勝差まで迫って2位に躍進した。この年以降はほぼ2人の一騎打ち。18年度は鈴木騎手195勝、阿部騎手193勝、19年度は鈴木騎手194勝、阿部騎手184勝と、僅差の争いが続いた。
 このあたりの僅差の争いになると、シーズン終盤にはそれぞれの騎手に近い厩舎や馬主などが、なんとかリーディングを獲れるようにと勝てそうな馬をまわしてくるようになるので、トップ争いはますます激しくなる。
 そして20年度、180勝を挙げた阿部騎手が、12年続いた鈴木騎手の牙城を崩して初めてトップに立った。鈴木騎手は年間を通してほぼ休むことなく騎乗していたのが、例年ほど勝ち星が伸びず156勝で2位だった。
 21年度は鈴木騎手がシーズン開始から2カ月ほど休んだため、阿部騎手が155勝で2年連続でトップ。132勝の渡来心路騎手が前年度の7位から一気に2位に躍進。鈴木騎手は129勝で3位だった。
 22年度は203勝というダントツの数字で鈴木騎手がトップに返り咲き、23年度も196勝でトップを守った。その2年間は鈴木騎手の数字が突出したぶん2位争いは混戦。22年度は2位菊池一樹騎手133勝、3位島津新騎手132勝。23年度は2位西将太騎手135勝、3位島津新騎手134勝と、ともに1勝差の2位争いだった。
 8月19日現在、今年度は大混戦。鈴木騎手58勝、西将太騎手58勝、西健一騎手53勝、阿部騎手52勝、渡来騎手51勝と、1〜5位が50勝台で拮抗している。果たしてここから誰が抜け出すのか、注目となりそうだ。
 若手騎手では20年12月にデビューした金田利貴騎手がデビューから395日目で通算100勝を達成し、ばんえい競馬での100勝最短記録を更新(それまでの記録は島津騎手の442日)。さらに22年12月にデビューした今井千尋騎手がその記録を332日に更新した。とはいえ23年度のリーディングでは、金田騎手が112勝で9位、今井騎手が91勝で11位と、上位を脅かすまでには至っていない。
 
文/斎藤修

 

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